
今回は株式会社アケボノ代表、細田健一氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社アケボノ |
| 代表者 | 細田 健一 |
| 設立 | 1973年(昭和48年)2月 |
| 主な事業 | 建設・塗装・防水・大規模修繕全般(改修工事の専門会社) |
| 会社所在地 | 埼玉県熊谷市肥塚1410 |
| 会社HP | https://www.akebonos.co.jp/ |
事業紹介をお願いします
当社は、マンションやビル、工場などの大規模修繕・改修工事を手がける会社です。中でも塗装と防水工事に特化し、専門性を磨いてきました。埼玉県の業者ランクでは塗装・防水のいずれも最高位のAランク指定を受けており、創業から半世紀以上、この分野で積み上げてきた実績と技術力が当社の根幹になっています。
株式会社アケボノについては下記から詳細をご覧いただけます。
https://akebono-m.jp/
https://www.akebonos.co.jp/lp/1
御社の強みを教えてください
強みは大きく2つあります。
1つ目は、品質を支える体制です。自社職人に加えて、強固なネットワークにより約200社の協力会社と連携することで、1日あたり150人規模が現場で稼働できる北関東トップクラスの柔軟な施工体制を構築しています。こうした体制があるからこそ、現場の細かな要望が直接施工に反映され、品質と価格の両面で優位性を保てています。
2つ目は、提案の質です。私たちが手がけるのは、単なる塗り替えではありません。建物の物理的な寿命を延ばし、資産価値を守ることを目的とした改修です。例えば遮熱改修による省エネや、最高気温40度を超える熊谷で培った猛暑対策の技術も、その提案の一部です。
さらに、塗膜の厚さを膜厚測定器で数値化してお客様に開示し、材料の出荷証明書も提出しています。建設業界にありがちな不透明さを排し、エビデンスで品質を示すことにこだわってきました。工場の稼働を止めずに通路や床の凹みを補修する独自工法「クイックリペア」など、現場の困りごとに応える技術開発も続けています。
目指しているのは、「価格で選ばれる会社ではなく、価値で選ばれる会社」です。改修工事を通じて、街のインフラをアップデートしていく。それが当社の役割だと考えています。
ここからは細田社長ご自身のことについて教えてください。学生時代に印象に残っていることはありますか?
高校時代に手がけていた、イベントの運営です。仲間5〜6人でディスコを貸し切り、自分たちでチケットを販売して集客していました。規模が大きいものでは、卒業イベントで1000人ほどを動員したこともあります。「会場の確保」「集客」「当日の運営」というビジネスの一連のプロセスを高校生なりにやっていました。
当時はディスコブームでしたが、貸し切りのイベントが盛んなのは都内ばかりで、地方にはそうした場がほとんどありませんでした。そこで、自分たちでやってみようと考えたわけです。もっとも、起業したいという気持ちは小学生の頃から持っていました。学生起業という言葉もない時代に自分で場をつくって人を集めていたのは、その表れだったのかもしれません。
子どもの頃、経営者を志すきっかけはあったのでしょうか?
大きかったのは、父の存在です。父が会社を経営しており、その父への対抗心が社長になると決めた根っこにありました。
ただ、気持ちだけでは会社は経営できません。経営には営業力が欠かせないと考え、まずは営業の現場で力をつけることにしました。新卒でリクルートを選んだのも、そのためです。営業職として2年半ほど現場に立ちました。
リクルートでは、具体的にどのような仕事をされていたのでしょうか?
配属されたのは、旅行雑誌の事業部です。ちょうど創刊の頃で、宿泊企画課に在籍し、地方を回って宿や店から広告を取ってくる仕事をしていました。この仕事で苦労したのは、価格でした。当時、雑誌の掲載料は競合雑誌の数倍でした。掲載料に大きな開きがある中で広告を売るのですから、一筋縄ではいきませんでした。
その営業の中で、一度だけ土下座をしたことがあります。福島県のあるラーメン店でのことです。その四半期の目標まであと一息というところまで来ていて、最終日、私はその店に飛び込んで「この地域の特集を組むので、広告を出しませんか」と売り込み、契約を獲得しました。誌面で通販として商品を紹介する形だったのですが、掲載後の問い合わせは1件も来なかったんです。高額な掲載料をいただいておきながら、何の反応も出せなかった。だからその店に出向き、頭を下げて謝りました。数字を追う厳しさも、約束した成果が出せなかったときの重さも、あの一件で身に染みましたね。
営業の経験を積んだあと、起業されたきっかけを教えてください
リクルートを離れたあと、父が営む会社で営業職に就きました。今の株式会社アケボノの前身にあたる「曙塗装工業株式会社」です。ただ、ここでも父への対抗心が働きました。父の会社で勤め続けるのではなく、自分の手で会社を興したいという思いから独立し、23歳で新たな会社を設立しました。手がけたのは、一戸建て住宅の外壁や屋根の改修工事です。訪問販売で一軒ずつ契約を取っていく、足で稼ぐ仕事でした。
起業から、再び株式会社アケボノになるまでの経緯を教えてください
起業した会社は、順調に事業規模を拡大していきました。23歳での創業から11年で、売上は約50億円、社員は最も多いときで430名ほど、店舗数も21まで増えていました。訪問販売を軸に一気に駆け上がった時期です。
転機が訪れたのは、私が33歳の頃でした。当時、訪問販売によるリフォーム詐欺が社会問題として大きく報じられ、業界全体が強い批判にさらされたんです。その逆風で受注は一気に縮みました。21店舗まで広げた組織は、もはやコントロールが効きません。最終的に民事再生法を申請し、破産することになりました。
会社を失ったあと身を寄せたのが、家業である株式会社アケボノでした。再度営業として入社し、そこから少しずつ立て直しの道を歩んでいくことになります。
社長に就任された際、周囲からの反発はありませんでしたか?
反発は特にありませんでした。当時のアケボノは社員10名ほどの小さな会社で、その中で私が果たしていた役割が、就任を自然に受け入れてもらう理由になっていたのだと思います。
私が入社した頃、アケボノの仕事はほぼ100%が下請けでした。ただ、下請けのままでは利益が出ない。利益が出なければ従業員に高い給料も払えません。そこで社長になる前から、製造業の工場へ直接営業をかけ、元請けの仕事を増やすことに尽力していたんです。元請けは利益率が高く、その案件を取ってくるのが私だったので、周囲も自然とついてきてくれたんだと思います。
経営をする中で、ご自身に大きく影響した経験はありますか?
やはり34歳のときの倒産です。あの経験は、今の経営に確かに生きています。
倒産は本当に惨めなものでした。プライドはずたずたになり、自分の誇りも深く傷つきます。自分でつくった会社を、自分の手でたたむ。我が子を手にかけるような錯覚にさえ陥るほど、つらい経験でした。
そこから学んだのが「キャッシュを持つ経営」です。以前は、お金が入ればすぐ次の投資に回し、売上を拡大していく経営方針でした。稼いだぶんを全額賭け続けるようなやり方だったので、自転車操業でその日その日が勝負という状態だったんです。今は順番が逆で、まず利益を確保して内部留保を厚くし、そのうえで投資に回すようにしています。
この転換で精神的にもずいぶん楽になりました。例えば足元では、ナフサの不足で塗料の材料が入ってこなくなるのでは、という話もあります。以前ならあたふたしていたでしょうが、今は特に慌てることもありません。キャッシュをしっかり持ち、何かあってもどうにでもなる。そう思える経営を心がけているからこそ、今のほうが余裕を持って構えていられます。
現在、力を入れて取り組んでいることを教えてください
私には、もう一つ大きな転機があります。48歳のときに患った、がんです。
6年前(2020年)にがんを宣告され、左の肺を摘出しました。抗がん剤治療・免疫治療を半年ほど続けたあと、外科手術で肺を取る。そうして1年ほど闘病の日々を過ごしました。病室のベッドの上では、考える時間がいくらでもあります。その中でふと、自分がこれまで生きてきた証が何も残っていないのではないか、という思いがよぎりました。そして、一緒に懸命に働いてくれている人たちをもっと幸せにしなければいけない、と思ったんです。
その気づきが、企業理念を定めるきっかけになりました。掲げたのは2つです。「塗装・防水・大規模修繕を通して、安心で快適な改修工事を提供する」。そして、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」です。今は、この理念を徹底して運用しています。
具体的に力を入れているのが、待遇です。給与は業界平均の1.5倍を目指し、休日も増やしてきました。年間休日は昨年(2025年)が130日、一昨年(2024年)が127日。残業も月30時間以内に抑えています。給料を上げ、休みと時間をしっかり確保する。働く人の幸福を、言葉だけでなく数字で形にしようとしています。
そうした取り組みの中で、社員の方たちに変化はありましたか?
5年ほど前から、利益率が目に見えて良くなってきました。背景にあるのは、徹底した分業制とシステム化の推進です。営業、積算、施工管理と役割を分け、それぞれが自分の仕事に集中できる体制を整えてきました。仕組みが整うほど現場は効率化され、経常利益も伸びていきます。生産性そのものが着実に上がってきている手応えがあります。
今後の展望を教えてください
まず掲げているのが、これから5年で売上100億円という目標です。過去5年で売上はおよそ4倍に伸びました。今期は材料の調達が一部止まっている影響で読みづらいものの、21億円前後を見込んでいて、来期は30億円を超えていく見通しです。これまでの成長のペースを維持できれば、100億円は十分に射程に入ると考えています。
その推進力として一層力を入れたいのが、DXとAIの活用です。建設業は、他の業界に比べてこの分野が遅れている。だからこそ、伸びしろも大きいと見ています。当社では今、DXで現場と顧客をつなぐ仕組みづくりを進めているところです。
社員教育にもAIを取り入れています。中途社員が入ったときのオンボーディングや、基礎知識の習得は、基本的にAIで完結できるようにしました。本来なら人手をかけるべき部分をAIが担うことで、その分の人手が浮きます。中途の社員も自分のペースで学べる。教える側と学ぶ側の双方に、利点があるやり方だと考えています。
さらに長期では、どのような展望を描いていますか?
現在の営業エリアは、埼玉・群馬・栃木の3県です。この3県で人口はおよそ1100万人、そのうち当社が商圏としているのは700万人ほどになります。まずはこの商圏で、今の体制のまま売上50億円を目指しています。
その先に見据えているのが、1都6県への進出です。1都6県となれば人口は4300万人ほど。3年後の2029年を目途に、千葉・東京・神奈川へと地域に深く根を張るドミナント方式で支店を広げていきたいと考えています。市場の規模からすれば、500億円ほどまで伸ばす余地があると見ています。私は現在55歳です。60歳で100億円、65歳で300億円。そこまでをやり遂げるつもりでいます。
100億円という目標に向けて、日々実践していることはありますか?
毎朝の運動です。100億円を達成するまでと決めて、今は毎日5時に起き、1時間トレーニングをしています。体を動かしていると、不思議とアイデアが浮かんでくる。頭の中が整理されていく感覚があります。だから朝の1時間トレーニングは、欠かさず続けています。
読者へメッセージをお願いします
私は、がんで命の危機に直面しました。その経験から、今強く思うことがあります。
人に残された時間は思っているほど長くありません。人生が終わるときは、きっとあっという間です。だからこそ、今思ったことはすぐにやったほうがいいですよ、と、この記事を読んでくださっている方には伝えたいですね。一度きりの人生なので、挑戦をためらっているのはもったいないです。
最後に、他の経営者におすすめの本を教えてください
中野優作さんの『成長以外、全て死』です。私はだいたい週に1冊は本を読むのですが、これは最近読んだ中でも特に面白い一冊でした。
著者の中野さんは、今まさに勢いのある経営者です。「成長以外、全て死」というくらいですから、成長しなければならない、というメッセージがはっきりしている。その思いを、若い人に向けて言葉にするのがとてもうまいんです。これから経営者を目指す人にぜひ薦めたい一冊ですね。
『成長以外、全て死』中野 優作(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4344044835
投稿者プロフィール

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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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