メンタルヘルステクノロジーズ 刀禰氏

今回は株式会社メンタルヘルステクノロジーズ代表、刀禰 真之介氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称株式会社メンタルヘルステクノロジーズ
代表者刀禰 真之介
設立2011年3月
主な事業メンタルヘルスソリューション事業/メディカルワークシフト事業/メディカルキャリア支援事業/デジタルマーケティング事業
会社所在地   東京都港区赤坂3-16-11 東海赤坂ビル4階
会社HPhttps://www.mh-tec.co.jp/

事業紹介をお願いします

メンタルヘルスに関する事業を、BtoB・BtoCの両面からグループで手がけています。ただ、メンタルヘルスというとカウンセリングを思い浮かべる方が多いのですが、私たちの根っこにあるのはそこではありません。再現性高く病む人を減らす。これを基本思想に据えて、サービスをつくっています。

具体的には、大きく3つの領域があります。1つ目が産業保健で、企業で働く人と、休職・復職の狭間にいる人を支えます。2つ目が医療で、ヘルスケアDXを中心にメンタルクリニックの運営支援や調剤薬局の支援を行っています。そして3つ目がリワークです。

リワークというのは、あまり聞き慣れない言葉ですね

平たく言えば、心のリハビリです。スポーツに置き換えるとわかりやすいと思います。ケガをしたアスリートは、医師の許可が出たからといって、いきなり試合には戻りません。入念なリハビリを積んで、段階的に元の状態へ近づけていきます。メンタルも同じで、だからこそリワークが必要になります。

貴社の強みについて教えてください

3つの領域を一体で提供できている点が本質的な強みだと考えています。産業保健は企業の予算、医療は保険診療、リワークは障害福祉に関する自治体の予算で成り立っており、財源が異なれば目的も変わります。本来はつながりにくい3つの領域を、グループとして一体的に、全国に、オンラインと対面の両方で提供しています。ここまで一貫して対応できる会社は、日本では私たちだけだと考えています。導入いただいた企業は、グループ全体で3,500社を超えました。

また、私たちにはもう1つの柱があります。それがメディカルワークシフト事業です。医療機関の看護助手をはじめ、現場を支えるエッセンシャルワーカーのウェルビーイングを追求する事業で、急性期病院を中心に導入が進んでいます。人手不足がとりわけ深刻な領域なので、ここも今後さらに力を入れていきます。

ここからは刀禰社長ご自身のことについてお聞かせください。これまでに仕事以外で一番打ち込んだことは何ですか?

競馬ですね。どの競走馬が勝つのかを、再現性をもって当てにいく。それが私が若い頃に一番打ち込んできたことだと思います。

一見すると経営とは関係なさそうですが、競馬からは経営の核になる考え方を多く学びました。どのコースのどのような条件で、どの騎手がどの馬に乗ると、どのくらいの確率で上位に来るのか。あらゆる角度からデータを集め、再現性をもって的中させにいく。この姿勢は、今の採用や組織づくりにそのまま活きています。

具体的には、どのように活きているのでしょうか?

たとえば採用です。応募者の方には適性検査を4つ受けていただき、その結果をAIで分析しています。このAIには、現在活躍している社員から退職した社員まで、さまざまな社員のデータをあらかじめ学習させています。その判定をもとに応募者をスクリーニングしたうえで、力を発揮しやすいのはどんな人か、逆に会社側が改善すべき環境は何かを、徹底して合理的に見極めていきます。競馬で鍛えた「確率で捉える」感覚が、そのまま経営の判断に効いているんです。

再現性を追い求める一方で、確率どおりにいかない経験もされたのでしょうか?

もちろんあります。若い頃はどうしても「絶対」を信じたくなるものです。「ここは堅い。まず負けないだろう」と思い込み、大きく賭けた結果、すべてを失うという手痛い経験もしました。そこで学んだのは、「世の中に絶対はない」ということです。

ですが、絶対はないからこそ、可能性が1%でもあるなら挑む価値はあると思っています。ただし、その1%に本当に賭けるべきなのか、それとも見送るべきなのかを、確率として冷静に見極めることも同じくらい大切です。挑もうとする気持ちと、確率を直視する冷静さの両方を、競馬は私に教えてくれました。

子どもの頃から、将来は経営者になりたいと思っていましたか?

子どもの頃は将来のことはあまり考えていませんでした。

ただ、父は損害保険の会社に勤めていて、私が中学生の頃に代理店として独立したんです。私は父が40代半ばを過ぎてからの子どもだったので、父は年齢を重ねても、長く働き続ける必要がありました。独立は、そのための選択でもあったのだと思います。会社員として勤め上げるのとは違う働き方を間近で見てきたので、独立して働く生き方もいいなと漠然と感じていました。とはいえ、就職や転職において、独立するということを具体的に考えたことはありませんでしたね。

医療・ヘルスケアという分野は、どのように定まっていったのでしょうか?

弟の存在が大きかったです。私が大学生の頃、弟が医学部に進むと言い出したんです。家族に一人くらい医師がいるのもいい。私はそのように受け止めていました。実際、弟には医師を目指せるだけの学力がありました。

弟は医療、私はビジネスと進む道は分かれましたが、「いつか二人で何か一緒にできたら面白いね」という話は、当時からしていました。だからいざ事業を始めることになったとき、分野が医療・ヘルスケアに絞られていったのは、自然な流れでした。

起業までに何社かで社会人経験を積まれています。今の自分に影響を与えたと思う経験はありますか?

新卒でコンサルティングファームに入った当初は、その中でも花形に見える戦略の仕事に惹かれていました。学生時代に外資系の投資銀行でインターンをしていたこともあって、金融や戦略の面白さは肌で感じていたんです。ところが、実際に配属されたのはIT部門でした。

IT部門では、在庫管理システムや固定資産台帳システムの開発、データ移行プログラムの作成に携わりました。金融のダイナミズムや戦略の面白さを知っていた分、当初は正直、物足りなさを感じていました。それで結局、金融に戻りたいと思って証券会社に移り、上場審査の仕事に携わることになります。

ただ、今振り返ると、このIT部門の経験が起業後に一番役に立ったんです。

それは、どのように役立ったのでしょうか?

起業して最初に行ったのが、自社プロダクトの核になる医師向けのデータベースづくりでした。このとき、システム開発の勘所がわかることが、決定的に効いたんです。要件をどう定義するか、データベースをどう設計するか、この開発に本当にこれだけの期間が必要なのか。エンジニアと細部にまで踏み込んで議論できました。それができたのは、間違いなくIT部門での経験があったからです。

金融のバックグラウンドを持ちながら、テクノロジーの現場感覚もわかる。このかけ合わせは、今のAIの時代になっても活きています。エンジニア出身の方ほどの深さはありませんが、システム開発のプロジェクトマネジメントを多く経験してきたため、技術がこの先どう進み、どこに限界があるのかを、肌感覚で捉えられるんです。

当時は不本意だった経験が、後から効いてきたのですね

そうなんです。無駄な経験は一つもないと、いつも思っています。若いうちに気の進まないことや自分には向かないと思うことをやっておくと、「ここが自分の限界だ」と早く知れることもある。あるいは、少し形を変えれば強みに転じることもある。そうやって蒔いた種を、3年後、5年後、10年後に人生として回収できる場面は、驚くほど多いです。

医療領域で起業されたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

直接のきっかけは、会社員時代に体調を大きく崩して入院したことでした。そのとき、医療の現場にずいぶん助けられたことで、この分野に何か恩返しがしたいという思いが芽生えました。医療の道に進んだ弟と「いつか一緒に仕事ができたら」と話していたこともあり、起業するなら医療領域で、と定まっていきました。

事業内容は、どのように固まっていったのでしょうか?

最初は、医師向けのデータベースを軸にしていました。ただ、当時は制度や業界環境の変化が重なり、当初描いていた方向では事業を続けにくくなっていったんです。この領域で本当に価値を出せる形は何か。改めて考え直す必要がありました。

その時期、事業の方向性について、弟や、精神科医である弟の妻によく相談していました。話す中でいつも話題になったのが、精神疾患を抱える人が増えているという現実です。ならば、体の健康診断のように、心の状態も定期的にチェックできる仕組みがつくれないか。そうした発想が、少しずつ浮かんでいきました。

「病む人を減らす」という今の思想は、この頃に固まったのでしょうか?

そうですね。そうした対話の中で、1つ腑に落ちたことがありました。精神科医というのは、病んでしまった人を治すスペシャリストです。しかし、どの精神科医に尋ねても、「そもそも病まないためにはどうすればよいのか」という問いへの回答は、「健康的に過ごすことですね」というものでした。

つまり、病んだ人を治す専門家はいても、病まないようにする専門家はいないんです。ここに大きな空白があると気づき、それなら自分たちがその予防を引き受けようと決めました。これが、今の事業の一番の軸になっています。

事業をされてきて、大変だったエピソードはありますか?

3期目まではとんとん拍子でしたが、社内がうまくまとまらなくなった時期がありました。社員が20〜30人くらいになった頃です。きっかけは、エンジニア同士が開発の進め方をめぐって衝突したことでした。そこからチーム内の関係がぎくしゃくし、事業も1〜2年ほど前に進まなくなってしまいました。

ただ、今になって思えば、このときの本当の原因はエンジニアの衝突ではありませんでした。組織のつくり方やルールをきちんと設計してこなかったうえ、当時の私はどこか他責的になっていたんです。今ははっきりと、自分の責任だったと理解しています。

その経験は、今の事業観にもつながっているのでしょうか?

つながっています。私たちがメンタルヘルスの事業で掲げているのは、実はメンタルケアそのものというより、組織の安定なんです。自分の会社の組織が一度壊れ、事業が前に進まなくなった。あの苦しさを味わっているからこそ、そこにこだわっています。再現性高く病む人を減らすという言葉の裏には、この実体験があるんです。

どうすれば組織は安定するのかという問いは、提供するサービスの設計にも、自分の会社のつくり方にも、同じように効いてきます。非合理をどう取り除くか、どう組織を組み立てるか。あのとき一度うまくいかなくなった経験があるからこそ、その問いにずっと向き合い続けてきました。

その問いにどう向き合ってきたのでしょうか?

大きかったのは、徹底して言語化したことです。先輩経営者の話を聞いて回りましたが、それ以上に、組織の課題を自分の言葉に落とし込む作業を続けました。あの組織のつまずきから、この考え方にたどり着くまでに3〜4年はかかったと思います。

具体的には、会社の成長にはいくつもの段階があるという捉え方を起点に、整理していきました。組織の規模がどれくらいのときに、どんな意思決定やマネジメントの形が必要になるのか。組織の文化がどの段階にあり、次に進むには何をすべきなのか。あるいは、プロダクトがどのフェーズにあると、どんな人が力を発揮しやすいのか。こうした問いを一つひとつ、判断の物差しとして言葉にしていきました。

リーダーシップのスタイルも同じです。ビジョンを語るべき時期もあれば、まず目の前を動かさなければならない時期もあります。市場が成熟して事業が停滞すれば、それまでとは異なるやり方が必要になります。どの局面で、どんなリーダーシップを使うべきなのかも、あわせて言語化していきました。

それを、組織にはどう広げていったのでしょうか?

作成したフレームワークは、マネージャーが自主的に学べる仕組みにしています。ただし、これが身についていないと、マネージャーとしての評価は上がりません。学習を評価に結びつけることで、私一人の頭の中にあったものを少しずつ組織で共有できる形にしていきました。

一度うまくいかなくなった経験を二度と繰り返さないために、あらゆる角度から学び、それを再現できる仕組みに変えていく。この積み重ねが、乗り越え方だったのだと思います。

今後の展望を教えてください

私たちが掲げているのは、ウェルビーイングのスタンダードを創るということです。その第一歩として、現在はメンタルヘルスの標準的なプロトコルをつくろうとしています。

社内で目標にしているのは、日経225に名を連ねるような企業の過半数に使っていただくことです。これを10年単位の目標として掲げています。今はまだ1割ほどですから、メンタルヘルス領域でまずはここをしっかり伸ばしていきたいと考えています。

医療・エッセンシャルワーカーの領域では、いかがでしょうか?

急性期病院を中心に、人材サービスだけでなく、現場の生産性を高めるサービスも届けていきたいと考えています。また、もう1つ力を入れ始めているのが、特定技能で来日する外国人材の支援です。まだ立ち上げの段階ですが、これから伸ばしていきたい領域です。

2040年に向けて、日本では、とりわけエッセンシャルワーカーの担い手が不足していきます。だからこそ、特定技能制度を活用して日本で働いていただくことが、ますます重要になります。

外国人材の支援で大切にされていることはありますか?

何よりも、相手は一人の人間であるということです。いくら人手が足りないからといって、来てくださった方を粗末に扱うようなことがあってはいけません。異国の地に来て、心身の不調を抱える方もいらっしゃいます。だからこそ、その尊厳を守れるサービスにしたい。今はインドネシアやミャンマーの方々に働いていただいていますが、一人ひとりを尊重し、安心して力を発揮していただける環境をつくっていく。そこは強く意識しています。

最後に、他の経営者におすすめの一冊と選書理由を教えてください

デイブ・ローガンらの『トライブ――人を動かす5つの原則』という本を挙げたいですね。

先ほど、組織のつまずきをどう乗り越えたかというお話をしましたが、その考え方の一つのきっかけになったのが、この本でした。よく「30人の壁」「50人の壁」と言われますよね。ああいう感覚的に語られてきたものが、この本を読むと、ぐっと解像度高く見えてくるんです。

軸になっているのは、集団の文化には段階があるという捉え方です。個人がばらばらに動いている段階なのか、チームとして機能している段階なのか、共通の使命に向かっている段階なのか。しかも、どの集団も、そうした段階の間を行き来します。使命に燃えていた集団も、環境が悪くなれば後戻りしてしまう。逆に、まず一人ひとりが力をつけていかなければ、次の段階には進めない。そうした移り変わりが、腑に落ちる形で書かれています。

正直に言うと、翻訳書ということもあって決して読みやすい本ではありません。私自身、何十回も読み返してようやく理解できたところがあります。社内研修の参考図書にもしているので、そのたびに読み返してきました。それだけ繰り返し向き合う価値のある一冊だと思っています。

『トライブ――人を動かす5つの原則(Tribal Leadership)』デイブ・ローガン/ジョン・キング/ハリー・フィッシャー=ライト(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4904884671/

刀禰社長のご著書についてもご紹介させていただきます

『部下の心が折れる前に読む本 「社員がやめない会社」をつくる5つのステップ』刀禰 真之介(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4344924851/

(Amazonより抜粋)

「長期の休みを明けたら、部下がいなくなっていた」
「業務の負担は多くなかったのに、部下がうつ病を発症してしまった」
「休職者が出たために、残る部下たちも疲れ切っている」――

近年、管理職を中心に、「部下の心の不調」に悩む人が増えています。

本書では、部下の心の不調を解決するカギとなる「メンタルヘルスケア」の重要性について、1500以上の事業所のメンタルヘルスケアをサポートしてきた著者が徹底解説。
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『社長の履歴書』編集部
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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

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