
今回はESS株式会社代表、坪井 里奈氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | ESS株式会社 |
| 代表者 | 坪井 里奈 |
| 主な事業 | パーソナルマシンピラティススタジオ「YUZU」の運営 |
| 会社所在地 | 東京都品川区東五反田1丁目10-10 オフィスT&U 5階 |
| 会社HP | https://yuzu-pilates.com/ |
最初に事業紹介をお願いします
パーソナルマシンピラティススタジオ「YUZU」を運営しています。「マシンピラティスを生活の一部に」というビジョンのもと、完全個室でオーダーメイドのレッスンを提供しているスタジオです。おかげさまで店舗数は全国75店舗まで広がり、多くのお客様にご利用いただいています。
YUZUの一番の強みは、やはり「人」だと考えています。私たちは「本物志向×アットホームな心地よさ」というバリューを掲げています。在籍するインストラクターは、単なる運動指導者ではありません。一人ひとりが、お客様の人生や日常を変えていくという意識を持って働いています。そうしたメンバーだけがYUZUに集まっていて、お客様の毎日をより豊かにしたいという思いの強さが、私たちの大きな強みになっています。
情報発信では、Instagramに力を入れています。お客様向けはもちろん、これから働きたいと考えてくださるインストラクター向けの発信にも注力しています。ただ情報を流すのではなく、私たちがなぜこの事業をやっているのか、なぜピラティスをお客様やインストラクターに届けたいのかという思いの部分まで知っていただきたいと思っています。そのうえでYUZUを選んでほしいと考えながら発信していますので、ぜひ一度ご覧いただけたら嬉しいです。
パーソナルマシンピラティスYUZU Instagramアカウント:
https://www.instagram.com/yuzu_pilates
ここからは坪井社長ご自身についてお聞かせください。学生時代に打ち込んだことはありますか?
振り返ると、2つの経験が印象に残っています。小学校時代の中学受験と、大学時代のアルバイトです。
中学受験は、人生で初めて本気で何かに打ち込んだ経験でした。きっかけは、近所の憧れていたお姉さんの存在です。その方がある私立の学校に進んだと知り、私も同じ学校に入りたいと決めました。当時は偏差値もまったく届いていません。それでも小学4年から6年までの3年間、ひたすら勉強に打ち込み、無事に合格できました。やりたいと決めたことに向かって進み、結果を出す。その成功体験を初めて持てたのが、中学受験だったと思います。
大学時代のアルバイトは、スノーボードショップでの接客でした。選んだ理由は、正直に言うと髪色やネイルが自由で、時給も当時の自分には高かったからです。スノーボードは未経験でしたが、覚えることは後からでいいと考え、思い切って飛び込みました。やりたいと思ったら、まず動いてみる。中学受験のときと共通する姿勢だったように思います。
そして、この仕事で初めて接客を経験しました。自分の提案でお客様が喜んでくださったり、購入を決めてくださったりすることが、とても嬉しかったです。お客様に何かを届ける楽しさや価値を、このとき初めて知りました。この感覚は、のちにサロンを経営し、接客の道へ進んでいくことにつながっていきました。
経営者になりたいという気持ちは、子どもの頃からあったのでしょうか?
いえ、まったくありませんでした。むしろ逆で、絶対に経営者にはなりたくないと思っていたほうです。
私の父が経営者で、その姿を小さい頃から見てきました。とても大変そうだったので、自分は同じ道を歩みたくない。できれば安定した大手の会社に勤めて、安定した人生を送りたいと考えていました。
子どもの頃に思い描いていた将来の夢は、スチュワーデスです。きっかけは、可愛い人たちがたくさん働いているように見えたからでした。ただ、英語を完璧に話せないと難しい仕事だと気づき、当時の自分の英語力では届かないと感じました。そうして憧れの夢は少しずつ薄れていき、最終的には「大きな会社で安定して働きたい」という気持ちに落ち着きました。だからこそ、新卒では大手の会社を選んで就職しています。
新卒で入られた大手の会社では、どのようなお仕事をされていたのですか?
最終的な決め手は、その会社が掲げていた「地方を、地域を元気にする」というビジョンでした。そこに強く共感して入社しています。仕事は営業職で、ECサイトのモールに出店していただくための電話営業を担当していました。
新卒に任されるのは、見込みの薄いランクの低いリストばかりです。それでも、毎日のように同じ方へ電話をかけ、その方が何をしたいのか、どんな思いを持っているのかを聞き続けました。そうして半年ほどかけて契約に至ったこともあります。この経験を通して、相手の未来や希望を叶えるために自分が尽くすことが、私はとても好きなのだと気づきました。
一方で、もう一つ気づいたことがあります。営業職は出店が決まると、その後の運営は別のコンサルタントに引き継ぐ仕組みでした。出店後の売上がどうなったか、お店が続いているかは、基本的に追いません。中には売上が伸びず、閉店してしまう方もいらっしゃいました。そうした姿を見るうちに、自分が100%本気で「このサービスを伝えたい」と思えないと、仕事として割り切れない性格なのだとはっきり自覚しました。契約を取れば取るほど苦しくなってしまい、結局この会社は新卒で入って9か月で辞めています。
その後は、本気で打ち込める仕事を探すように、いくつかの会社を経験しました。アパレルメーカーの通販EC担当、ベンチャー企業でのエプロンブランドのEC立ち上げ、広告代理店での健康食品の仕事などです。そして会社員として最後に勤めたのが、企業のSNS運用を支援する広告代理店でした。ここでSNSディレクターとして働きながら、産休と育休をいただきました。
復職したのは、子どもが生後7か月のときです。ただ、SNSディレクターの仕事は土日も昼夜も問わず動くことが多く、0歳の子どもを育てながら続けるのは難しい面がありました。そこで、同じ会社の中で管理部門、いわゆるバックオフィスへ移らせてもらいました。
働きやすい環境に移られたのに、独立を意識したのはどういったきっかけだったのでしょうか?
おっしゃるとおり、忙しい毎日から一転して、とても暇な日々に変わりました。社長の優しさだったと思います。本来はバックオフィスの人員も足りていたのに、私のために席を用意してくださったようなところがあり、自分がやらなければならない仕事はほとんどない状況でした。
暇だな、つまらないなと思いながら、なあなあに過ごす日が1か月ほど続きました。そんなある日、仕事中にふと、保育園に預けている子どもの顔が浮かんできたのです。生まれて7か月の我が子が、知らない人たちに預けられながら一日を頑張っているのに、自分は「まだ2時か」なんて思いながら時間をやり過ごしている。それがとても申し訳なく感じられました。胸を張って、娘に「今日も仕事を頑張ってきたよ」と言えない自分がいる。もっと本気になれる仕事をしたいと思い、会社を辞めて自分で起業する道を選びました。
ただ、SNSディレクターとして独立することは考えていませんでした。正直なところ、誰にでもできる仕事だと思っていましたし、すでに活躍している方が大勢いる中で、自分が張り合っていけるとは思えなかったからです。
転機になったのは、プライベートで通っていた小顔サロンでした。私は中学生や高校生の頃から、顔の大きさにコンプレックスを抱えていたのですが、施術を受けたことで一気に解消され、強く感動したのです。同じように悩んでいる人にも、この施術を絶対に届けたい。その気持ちが高まっていきました。資格を取れるスクールがあると知ると、すぐに申し込んで民間の資格を取得しました。そして当時の会社の社長に「独立してエステティシャンになります」と退職の意思を伝えました。社長には「騙されているんじゃないか」「目を覚ませ」とまで言われましたが、私の決意は変わりませんでした。今思えば、特別エステティシャンになりたかったというより、さまざまなタイミングが重なって私を突き動かしたのだと思います。
最初は個人事業主として、レンタルサロンを使いながら施術を始めたのですが、ありがたいことに少しずつお客様が増えていき、今度は仕事に追われて子どもとの時間が取れなくなってしまいました。これでは続かないと考え、恵比寿にサロンを構えて法人化し、スタッフを2,3名迎えて、お店としての形を整えていきました。
そこから、どのようにマシンピラティスと出会われたのですか?
きっかけは、エステサロンのお客様からの一言でした。「リナさん、マシンピラティスって知っていますか?」と聞かれたのですが、私はまったく知りませんでした。お客様が知っていることを自分が知らないのは良くないですし、体に関わることでもあります。それなら一度体験してみようと思い、家の近所にあった唯一のスタジオへレッスンを受けに行きました。これが、私が初めてピラティスに触れた瞬間です。
第一子を産んで、3年ほど経った頃でした。産後の不調をはっきり感じていたわけではありません。それでもレッスンを受けてみると、体が緩んでいくだけでなく、ざわざわしていた心まで鎮まっていくような感覚がありました。こんな経験は初めてでした。
そのとき、はっと気づかされたのです。自分が思っている以上に、私は子ども中心の生活の中で自分を後回しにしていました。思っているよりずっと疲れてもいました。子育てをしながらでも、自分の心と身体に向き合う時間を持たないと、自分を大切にできない。そう強く感じたのです。そして、これは私だけの話ではないとも思いました。世の中で働く人たちはみんな、同じような状況にあるのではないか。だからこそ、もっと多くの人がピラティスを受けるべきだと考えるようになりました。
その体験から、ご自身でスタジオを開こうと思われたのはなぜですか?
ピラティスの良さを実感する一方で、当時のスタジオには物足りなさも感じていました。まだ今のようなピラティスブームではなかった頃です。パーソナルレッスンは1回13,000円~14,000円ほどと高価で、月に4回通うとなると、さすがにお金がかかりすぎます。私が通ったスタジオも、グループレッスン用のスペースにあるマシン1台を使ってパーソナルを行う形でした。そのため、自分のレッスンが大勢の受講者から見えてしまったり、周囲のざわめきで先生の声が聞き取りづらかったりと、なかなか集中できません。せっかくパーソナルにお金を払うのなら、個室で受けたい。さらに私の場合は、子どもを連れていけるスタジオがあればいいのにとも感じていました。
そう思って調べてみても、当時その条件に合うスタジオは見つかりませんでした。ないのなら、自分で作るしかありません。そうして当時の自宅近くだった三軒茶屋に、YUZUの第一号店を構えました。これがすべての始まりです。
YUZU一号店の出店後、事業が軌道に乗ったのはどのタイミングだったのでしょうか?
明確に「ここで一気に伸びた」という瞬間があったわけではありません。ただ、やってみて強く感じたのは、コロナ禍の影響でした。あの時期を境に、世の中の人たちの間で、自分の健康や免疫を高めたいという意識が高まっていきました。運動を通じて身体を整えることへの関心も、少しずつ広がっていったように思います。
それに加えて、コロナ禍だったからこそ、個室でのパーソナルというスタイルへのニーズも大きくなりました。人目を気にせず受けられることが、だんだんと当たり前に求められるようになっていったのです。ちょうどその流れが生まれた直後に、私たちはスタジオを始めました。そうしたタイミングの良さもあって、最初から順調にスタートを切ることができたのだと思います。
順調なスタートを切られた中でも、経営者として苦労されたことはありますか?
順調に見える時期にも、悩みは尽きませんでした。中でも代表的なものが2つあります。
1つ目は、規模が拡大していく中での、人のマネジメントの課題です。当時はまだ正社員採用をしておらず、在籍するインストラクターは全員が業務委託という形でした。店舗が少ないうちは、私自身も現場に足を運び、一人ひとりと密にコミュニケーションを取れていました。ところが店舗数が増えるにつれ、どうしても現場との関わりが手薄になっていきます。今振り返れば、そうした時期があったのは事実です。ちょうどその頃、お客様を連れてインストラクターが独立してしまうことが、立て続けに2,3件起こりました。人数も増えて管理が追いつかず、裏切られたような気持ちにもなり、当時は「いったい何なんだ」と感じてしまったのが正直なところです。
ただ、この出来事が制度を変えるきっかけになりました。これを機に、インストラクターのための独立支援の仕組みを整えたのです。独立したいと考えるなら、YUZUの中でフランチャイズオーナーとして独立してもらえる。そうした道を用意しました。今となっては、あの経験があってよかったと思えています。
2つ目は、フランチャイズ展開に伴う課題です。直営だけでなくFC(フランチャイズ)という形で店舗を増やし始めたのが、2年ほど前(2024年)でした。一気に店舗が増えるほど、研修体制を早く整えないとサービスの質が落ちてしまいます。さらに、YUZUの理念への共感が薄れていってしまう懸念もありました。出店のスピードと、研修体制や理念浸透のスピードをどう合わせていくか。そのバランスを取ることに、この時期はとても苦労しました。
経営をするうえで、大きく影響を受けた経験や考え方はありますか?
先ほどのお話と重なる部分もあるのですが、YUZUには「マシンピラティスを生活の一部に」というビジョンが、オープン当初からあります。その根幹にあるのは、私自身が初めてピラティスを経験したときの思いです。ライフステージが変わってママになり、子どもを優先する時間が増えても、ピラティスを通じて自分の心と身体を大切にする習慣は持てる。それが当たり前の社会にしたい。当時の自分に向けて感じたことが、そのままこのビジョンの源になっています。
一方で、私たちが大切にしている「本物志向×アットホームな心地よさ」というバリューは、最初からあったものではありません。これは事業を続ける中で、後から見えてきたものです。最初の1,2年は、正直まだよくわからないまま走っていました。その間、たくさんのインストラクターのレッスンを受けたり、話をしたりするうちに、少しずつ気づいたことがあります。技術だけが優れていても、それだけで良いレッスンができるわけではない。お客様の未来や人生、行動を変えることまではできない。そう何度も実感した時期でした。
だからこそ、私たちは技術だけを大切にするのではなく、お客様が安心して受けられる関わり方やコミュニケーション、その人自身のスタンスも同じくらい大事にしたいと考えました。本物志向の技術と、アットホームな心地よさ。その両方を大切にしようという思いから、このバリューが生まれました。途中から加わった、私たちにとって大切な軸です。
今後の展望を教えてください
短期的には、これから3年以内くらいを見据えています。今はピラティススタジオがたくさんある時代です。その中で私たちが目指したいのは、「ピラティスがやりたいからYUZUに来る」ではなく、「YUZUでピラティスをやりたい」「YUZUでインストラクターとして働きたい」と、世の中から選んでいただけるブランドに育てることです。
正直なところ、ピラティススタジオはサービスそのもので差別化するのが難しいと感じています。だからこそ、最終的に選んでいただける理由は、やはり「人」にあると考えています。そこで働く人の価値観や技術力、コミュニケーションを磨き続けていく。その積み重ねによって、選ばれるブランドへと育てていきたいです。
長期的には、もう少し視野を広げて考えています。YUZUはピラティスのスタジオとして運営していますが、私たちはピラティスというエクササイズそのものを提供したいわけではありません。本当に届けたいのは、お客様が自分の心と身体に向き合う時間です。今はその手段として、たまたまピラティスを選んでいるにすぎません。ですから将来的には、お客様が自分自身と向き合えるような時間を、ピラティス以外の形でも提供していけたらと思っています。事業の幅を広げることで、お客様に届けられる価値も最大化できる。そんな挑戦もしていけたら嬉しいです。
最後に、おすすめの本を1冊教えてください
私が選んだのは、アチーブメント株式会社の社長・青木仁志さんの『経営者は人生理念づくりからはじめなさい』です。
私はスタッフや本部のメンバーと話すとき、よく「あなたは何を目的に、何を実現したいのか」という問いを投げかけます。ただ、それを問うのなら、まず自分自身が「何のために働くのか」を改めて見つめ直す必要があるのではないか。そう感じていたときに、ある方から薦めていただいたのが、この本でした。
自分は何のために働き、誰のために何をするのか。読み進める中で、その問いを丁寧に整理し、改めて振り返るきっかけをもらえました。同じように、自分の軸を見つめ直したい経営者の方には、ぜひおすすめしたい一冊です。
『経営者は人生理念づくりからはじめなさい』青木仁志(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4866431121
投稿者プロフィール

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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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