
今回は株式会社ササガワ代表、笹川 敦司氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社ササガワ |
| 代表者 | 笹川 敦司 |
| 設立 | 1928年(昭和3年)11月 |
| 主な事業 | 紙製品(賞状用紙・慶弔用品・店舗用品・ラッピング用品など)の企画・製造・販売 |
| 会社所在地 | 大阪市中央区南船場1-16-29 |
| 会社HP | https://www.sasagawa-brand.co.jp/ |
事業紹介をお願いします
弊社は、紙製品の企画から製造、販売までを一貫して手がけている会社です。代表的な商品は賞状用紙で、他にものし紙や慶弔用品、包装紙、店舗用品など、ニッチな紙製品を数多く扱っています。タカ印というブランドで、長くご愛顧いただいてきました。
強みは大きく2つあると考えています。1つは、企画から最後の配送まで自社で完結できること。もう1つが、ニッチな商品を幅広く揃えている点です。配送センターには常時3,500品目ほどを在庫しており、ご注文をいただければ、在庫があるものはすぐにお届けできます。
創業は1894年(明治27年)まで遡ります。もともと扱っていたのは封筒やポチ袋でした。第二次世界大戦でいったんはすべてを失いましたが、戦後にまた一から立て直してきたと聞いています。賞状用紙を手がけるようになったのは、50年ほど前から。長く紙製品とともに歩んできた会社です。
根っこにあるのは、「想いをカタチに、共によろこぶ」という考えです。そこに「思いやりと笑顔があふれる社会をつくりたい」というミッション(経営理念)を重ねています。賞状も慶弔用品も、人の気持ちを伝えるための商品。その一つひとつに想いを込めて買われたお客様がお渡しいただけるよう、私たちも丁寧にものづくりを続けてきました。
ササガワ公式オンラインショップはこちら:https://www.sasagawa-shop.jp/
カタログはこちら:https://www.sasagawa-brand.co.jp/catalog/index.html
ここからは笹川社長ご自身のことをお聞かせください。学生時代に打ち込んだことはありますか?
旅行ですね。アルバイトで稼いだお金はほとんど旅行のために使っていました。往復の飛行機だけ予約して、宿や現地の移動は着いてから決める。そんな旅を3週間ほどしたこともあります。
学部の頃はスペインやイタリアを飛行機や電車などでぐるりと回り、院生のときはギリシャのエーゲ海あたりを友人と2人で巡りました。学会がオーストラリアで開かれたのをきっかけに、そのまま滞在を延ばして旅を続けたこともあります。
スペインやイタリア、エーゲ海を選ばれたのは、何か理由があったのでしょうか?
社会人になると長い休みは取りにくいと聞いていたので、学生のうちにできるだけ長く遠くへ、と考えていました。スペインでは、サグラダ・ファミリアのような有名な建築を自分の目で見てみたかったんです。サッカー好きの友人に付き合って、現地でヨーロッパのサッカーを観たのもいい思い出です。当時はあまり興味がありませんでしたが、今はワールドカップなどを見ると懐かしくなります。
旅を通して、印象に残っていることや、今の自分に影響を与えている経験はありますか?
旅先では思うようにいかない場面がとにかく多かったですね。乗るはずの電車がストライキで動かなかったり、予約したはずの宿が見つからなかったり。語学が得意だったわけでもないのでかなり苦労しました。
それでも身ぶり手ぶりを交えて必死に伝えれば、不思議と道は開けていきました。目の前の人が困っていて、何かをしようとしている。そうした姿勢は、言葉や国境を越えて伝わるものだと肌で感じたんです。想いを持って動くこと、伝えること。その大切さは、現在の仕事にも通じています。
家業を継いで経営者になるということは、いつ頃から意識されていたのでしょうか?
正直なところ、学生の頃はほとんど意識していませんでした。大学院を出て就職活動をするときも、父から言われたのは「自由にしなさい」のひと言。継ぐかどうかも、あまり考えていなかったです。今思えば、ありがたい環境でした。
転機は30歳の頃です。前職に就いて5年ほどが経ち、自分の人生をこの先どうしていくのか、と考えるようになりました。父は「継いでくれ」とはっきり口にする人ではありません。それでも会話を重ねるうちに、そろそろ戻ってきてくれたら嬉しい、という空気は伝わってきました。ちょうど前職も一区切りついた頃、切りのいいタイミングだと感じて家業に移ることを決めました。
もし会社を継がないとしたら、自分で起業したいという思いはありましたか?
起業したい、と考えたことはあまりなかったですね。今の会社を継ぐにしても、前の会社を続けるにしても、自分で何かを始めるにしても、根っこにあったのは「人の役に立てたらいい」という想いでした。だから、何が何でも起業するんだ、という気持ちは持っていなかったんです。
社会人時代は、どのようなお仕事をされていたのですか?
システムエンジニアをしていました。当時の松下電器産業、現在のパナソニックです。冷蔵庫をつくる部署、AV機器をつくる部署といった社内の各部門と、システムを開発する協力会社。その間に立って、両者をつなぐのが私の役割でした。
ここで一番学んだのは、コミュニケーションの大切さです。というより、相手に伝わって初めてコミュニケーションなのだ、ということですね。システムを使う現場の人は、専門用語まではわかりません。逆に、プログラムを組む協力会社の人は、現場の業務を知らない。その間に入って、協力会社には業務をわかりやすく翻訳し、現場の人にはシステムの機能を業務に当てはめて説明する。そうやって橋渡しをしていました。
自分の言いたいことを言って終わり、という人は少なくありません。そうではなく、相手に伝わるように話す。この姿勢は今も強く意識していて、前職で得た一番の学びだと思っています。
社会人時代に、出会えてよかったと思える人はいましたか?
入社して2,3年目の頃、一緒に仕事をさせていただいた社員の方がいました。当時、私は仕事があまりうまくいっていませんでした。その方は相談にも乗ってくれましたが、それまで出会った人と違ったのは、ダメなところははっきり「ダメだ」と言ってくれた点です。
ここはこうだから直したほうがいい。でも、ここはよくやれていたよ。厳しさと労いを、きちんとセットで伝えてくれる人でした。その姿は、今も記憶に残っています。優しいだけがその人のためになるとは限らない。ダメなことはダメだとはっきり伝える。同時に、大変だったところや頑張ったところは、ちゃんと労う。人に何かを伝えるときは、そうしたエッセンスを込めなければいけない。その方から学んだことです。
5年ほど社会人を経験されて、家業に入られました。社長就任までの経緯を教えていただけますか?
入社してまず渡されたのが、役職も何も書かれていない名刺でした。「笹川敦司」という名前だけが刷られた一枚です。仕事の内容も決まっておらず、「好きにしていい」と任されました。言い方は悪いですが、ポンと放り出されたような状態です。これはまずいぞ、と。そこで自分から「現場の実務をやらせてほしい」と願い出ました。
そこからの5年で、いくつもの現場を回りました。営業を3年、工場での生産管理を1年、事業所全体の副所長を1年。ひと通り経験したうえで、社長に就任しました。
もっとも、就任の少し前から陣頭指揮を執り始めると、壁にぶつかりました。現場を回ってきたとはいえ、長く働いてきた社員から見れば、まだ上に立つ立場としては頼りなかったのだと思います。「こうします」と伝えても、返ってくるのは最低限の受け答えだけ。それ以上は、自分から動かなければ進みませんでした。
歴史の長い会社ですから、これまでのやり方を、これまでどおりに続けるのが当たり前という空気もありました。新しいことを始めようとすると、「なぜ?」という反応が返ってくる。そうした場面も、少なからずあったんです。
経営者として、これまでで一番ご苦労されたのはどんな時期でしたか?
いろいろありましたが、中でも厳しかったのはコロナ禍です。あの時期は、この先どうすべきか、真剣に悩みました。
当社の商品はイベントで使われるものが中心です。賞状も、のし紙も、包装紙も、くじも、何かの催しや行事があってこそ必要とされます。ところが、ああした有事が起きると、イベントは真っ先に消え、最後まで戻ってこない。世の中や他の会社よりも先に注文が減り始め、声がかからなくなっていきました。売上も数十パーセント単位で落ち込んだんです。
とりわけ心が痛んだのは、賞与に手をつけざるを得なかったことです。半年に一度支給している賞与を、このときだけ減額しました。ゼロにすることは避けましたが、それでも減額は減額です。社員には、事前に説明の場を設けて伝えました。あの説明会は今でも忘れられません。このまま会社を続けることが、はたして社員のためになるのか。そこまで思い悩みました。
それでも会社を続けていこうと決められたのは、どのような思いからだったのでしょうか?
社員の存在が大きかったですね。当社には、誠実で、人として信頼できる社員が本当に多いんです。それは現在も、私が経営を続けるうえでの支えになっています。
賞与を減らすとき、事業をたたむほうが楽だという考えがよぎらなかったわけではありません。やめると決めてしまえば、そこで区切りはつきます。ですが、一生懸命働いてくれた社員の方々がいる。中には20年、30年とササガワを信じて働き続けてくれた方もいます。その人たちのためにも、行けるところまでは踏ん張ろうと、そう思い直しました。
正直なところ、コロナ禍があと数年続いていたら危なかったかもしれません。それでも、社員とともに乗り越えられたこの経験は、今の経営の土台になっています。
今後の展望について、短期・長期の両面から教えてください
短期的にまず力を入れたいのが、研修事業です。「思いやりと笑顔があふれる社会をつくりたい」というのが私たちのミッションであり、目指すところでもあります。これまでは紙製品を通じてその実現に取り組んできましたが、つくるだけにとどまらず、研修という形でも貢献したいと考えています。
内容は、人を褒めたり感謝を伝えたりするやり方をお伝えするものです。特にビジネスの場では、部下をどう褒めればいいか、どう感謝を伝えればいいか、戸惑う方も少なくありません。そのコツやポイントをお伝えして、「やってみようかな」と思ってもらえたら。そんな狙いで準備を進めています。
もちろん、商品づくりも止めるわけではありません。メーカーですから、想いを伝える手助けになる商品をこれからもしっかり開発していきます。
長い目で見ると、「思いやりと笑顔があふれる社会」は、ものをつくるだけで実現できるものではないとも思っています。研修も、受けたそのときのもので終わってしまいがちです。目指すのは、誰かが誰かに感謝する、褒める。そうした行いが、文化や習慣として根づいていくことです。研修をきっかけに、いつかその文化を社会に定着させる。そんな取り組みまで広げていくのが、私たちのこれからの役割だと考えています。
「ものづくり」から「サービス」への広がりは、会社にとって大きな挑戦になりそうですね。
そうなんです。研修事業は、私たちにとって大きな転換点だと感じています。これまではものづくり一筋で、配送センターに在庫を置き、出荷する。そういう仕事でした。研修はサービス業ですから、いわば形のないものを扱うことになります。
だからこそ、自分たちの想いや、何を実現したいのかを、お客様にしっかり伝えていく必要があります。私を含め、社員もこれまでものづくりしか経験してきませんでした。大変な面はあると思います。それでも、会社としても社員一人ひとりとしても、成長していけるチャンスだと捉えています。
研修事業は、どのような方を対象に考えているのですか?
現在は、企業の管理職の方を主な対象にしています。管理職は、部下を持ち、チームとして成果を出していく立場です。ところが近年は、良かれと思って言ったことが相手には違って受け取られてしまう。そうした難しさが増えています。世代が離れていればなおさらです。
それでも、コミュニケーションを重ねてチームの力を高めていかなければなりません。その解決策の一つとして、褒める、感謝する。そこを土台にしたコミュニケーションを提案したいと考えています。まずは管理職の方から。ゆくゆくは、より幅広い方々に届けていけたらと思っています。
すでに社内では、この新規事業に2名の社員が専任で取り組んでいます。
社員の方々の人柄も、御社の魅力だと伺いました。採用では、どのような方と働きたいとお考えですか?
人手不足の中で、採用にはなかなか苦労していますが、力を入れて取り組んでいます。私がいつも社内で話しているのは、人間性、主体性、仕事のスキル。人間性を土台に、この3つをピラミッドに見立てて話をしています。
もちろん、仕事のスキルは欠かせません。ですが、その土台になるのは人間性だと考えています。一緒に働きたいと思えるか、チームとしてやっていけるか。主体性は、いわば積極性のことですね。採用では総務や企画などいろいろな職種を募集していますが、いずれの場合も一番見ているのは人間性の部分です。
だから面接も、できるだけ雑談のような雰囲気を心がけています。お互いに肩の力を抜いて話す中で、この人と一緒に働きたいと思えるか。私だけでなく、複数の社員が面接に立ち会っています。ここぞという仲間を迎え入れたい。その想いをいつも持っています。
「感謝を伝える文化を根づかせたい」という想いを形にした取り組みもあるそうですね
はい。デジタル化が進む今だからこそ、紙を通じて想いを伝えることに、あらためて光を当てたいと考えています。その一つが、「ほめ感謝ツリー」という活動です。
2026年5月に、立命館大学で開かれた展示会で実施しました。笹を用意して、そこに賞状用紙を短冊代わりに吊るす。そして来場された方に、日頃はなかなか言えない感謝やありがとうの気持ちを、その一枚にしたためてもらうという催しです。ありがたいことに、笹が見えなくなるほどたくさんの方が書いてくださいました。中には、お子さんが書いてくれた一枚があまりに嬉しくて、飾らずに持ち帰られた親御さんもおられたと聞いています。
日本人の奥ゆかしさゆえかもしれませんが、感謝の気持ちを口に出して伝えるのが苦手な方は少なくないように思います。だからこそ、こうした活動を通じて感謝を形にする、声に出す。その大切さを、これからも広げていきたいと考えています。
最後に、他の経営者におすすめの本を教えてください
2冊あります。1冊目は、BCC株式会社の伊藤一彦社長が書かれた『起業の道標 上場までのストーリー』です。起業から上場までの歩みが、かなりリアルに綴られた本です。全体を何度も読み返していますし、折に触れて必要な部分だけ読み返すこともあります。
もう1冊は、松下幸之助さんの『道をひらく』です。私はパナソニックにいたので、ベタではありますが、やはり手に取ってしまいます。
経営者として日々を過ごしていると、さまざまな判断材料が入ってきます。あとから振り返って少し違う判断をしていたな、と気づくこともある。そんなとき、今判断すべき本質は何なのか、そもそも社会はどうあるべきなのか。『道をひらく』は、そうしたことが短く端的に書かれているんです。迷ったときにパラパラとめくると、この考え方でいくならこちらだ、とヒントが見えてくる。そういう読み方をすることが多いですね。
『起業の道標 上場までのストーリー』伊藤 一彦(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4502473618
『道をひらく』松下 幸之助(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4569534074/
投稿者プロフィール

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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
企業出版のノウハウを活かした記事制作を行うことで、社長のブランディング、企業の信頼度向上に貢献してまいります。
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