Renxa株式会社 坂本氏

今回はRenxa株式会社代表取締役、坂本幸司氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称Renxa株式会社
代表者坂本幸司
設立2017年4月3日
主な事業ライフスタイルアドバイザー事業、グローバル事業、アライアンス事業、BPO事業、パートナー事業、コンテンツ事業、保険事業
社員数370名(取材時)
会社所在地    東京都豊島区東池袋3-13-3 いちご東池袋3丁目ビル3F
会社HPhttps://renxa.co.jp/

Renxa株式会社の事業内容と、他社にはない強みについて教えてください

当社は、コンタクトセンターを軸にしたセールスマーケティングの会社です。事業は大きく「新生活立ち上げ支援(代理店事業)」と「BPO事業」の2つに分かれています。

代理店事業では、不動産仲介会社・管理会社・引っ越し会社などから、賃貸契約を結んだお客様の情報をご提供いただき、引っ越し後に必要な電気・ガス・水道・インターネットといったインフラの契約手続きをコンタクトセンターが代わりに行っています。

不動産会社様にとっては、この手続き業務をそのまま当社に任せることで、人手不足の中でも営業工数を大きく減らせます。さらに、当社から情報提供料をお支払いするため、付帯収益にもなります。当社側は、電気・ガス・インターネットの代理店として各契約から収入を得る仕組みです。

商品のご案内にあたっては、金融業界出身のメンバーが多いというバックグラウンドを活かし、「なぜこのプランがお得なのか」を比較・説明したうえでお勧めしているのが特徴です。現在、年間約25万世帯のお客様をサポートしており、これは国内の引っ越し世帯(年間約220〜230万世帯)の約10%にあたります。

また、約2年前(2024年)からコンタクトセンターの多言語対応を始め、外国人従業員を約30名雇用して現在14言語に対応しています。日本在住の外国人の引っ越し支援だけでなく、SNSを活用して入国前から新生活の準備をサポートするサービスも提供しています。

BPO事業では、電力会社・ガス会社・保険会社などのクライアントに代わって、営業代行を行っています。ただ指示された業務をこなすだけでなく、新サービスの企画・提案から営業数字へのコミットまでを一貫して担う「フルサービス型」のスタイルが、他社にはない当社ならではの強みです。

さらに、2026年3月にグループ会社を吸収合併し、全国約130店舗の携帯ショップと、ショッピングモール等での催事販売チャネルが加わりました。今後は、オンライン接客システム「ONLINX+」を活用した、コンタクトセンターと実店舗を組み合わせた「ハイブリッド型」の接客モデルも展開していく予定です。

来店されたお客様に対し、コンタクトセンターのオペレーターがオンラインでリアルタイムに対応することで、検討意欲が高まったそのタイミングでの即時提案を実現し、機会損失の解消を図ります。物価上昇で節約意識が高まる中、店舗スタッフだけでは対応しきれない専門的な提案を、コンタクトセンター側の知識と商材ラインナップで補う形です。2026年4月〜5月頃から順次準備を進めています。

経営者の方々に向けて、御社のPRをお願いします

良いサービスや技術を持っていても、「それをどうやってお客様に届けるか」で悩んでいる会社は多いと思います。営業やマーケティングの仕組みが整っていない、そもそも人手が足りないという声もよく聞きます。

また、人手不足が続く中で、外国人の方々の力を借りながら事業を回していくことも、これからの日本企業にとって避けられない課題になってきています。

そういった悩みをお持ちの経営者の方がいれば、ぜひ気軽に声をかけていただければと思います。

弊社の事業の詳細についてはこちらをご覧ください。

https://renxa.co.jp

ここからは坂本社長ご自身のことについてお伺いします。学生時代に打ち込んでいたことを教えてください

特に誇れることはないんですが(笑)、北海道生まれなので、学生時代はずっとスキー漬けでした。両親も兄も全員スキーをやっていて、家族全員が1級以上の資格を持っているような家庭で。小学校からクラブチームに入り、冬になると親が山のペンションを1ヶ月借り上げて、そこにこもってひたすら滑るという生活でした。夏はサッカーをしていたので、とにかくスポーツばかりしていましたね。

大学に入ると、バイトや友人との時間が楽しくなりすぎてしまって、1年間休学して外で働いたりもしました。結果的に同学年より1年遅れて卒業することになり、今でも「単位が足りない」という夢を見るくらいです(笑)。

就職活動を始めたのは卒業する年の12月。リクナビを見て「さすがにまずい」と思い、給料が高そうに見えた1社だけ面接を受けて、その場で採用をもらって就活を終えました。それが光通信グループの保険代理店だった「ニュートン・フィナンシャル・コンサルティング」でした。

「学歴・性別・年齢一切関係なし、完全実力主義」という会社の文化が、遊びすぎた学生時代への反省と重なって、「ここで頑張らないと挽回できない」と強く思いました。休みが月2回というハードな環境でしたが、初めて仕事に本気で向き合い、少しずつ成果が出て役職もいただけるようになって、どんどん仕事が面白くなっていきました。

ニュートン・フィナンシャル・コンサルティングでのキャリアから、現在のRenxa株式会社の代表になるまでの経緯を教えてください

最初はオペレーター業務からのスタートでした。当時は電話帳のようなリストを上から順に電話をかけていくスタイルで、医療保険の見直しをお客様にご提案し、資料をお送りして、書類の回収までサポートするという仕事です。

そこで結果を出してチームリーダーになり、複数チームを束ねるエリアマネージャーを経て、入社3年で札幌拠点の拠点長に就任しました。

その後は、業績が苦しい拠点の立て直しを任されて福岡・新宿・大阪と各地を転々とし、最終的には執行役員として本社(新宿)でコンタクトセンターと訪問販売部隊、合わせて約1,000人規模の営業組織を統括するようになりました。

そのタイミングで会社として「テレマーケティング一本のやり方を変えていこう」という動きが出てきました。比較サイト運営のウェブクルー社傘下にある保険ショップ「保険見直し本舗」をM&Aし、実店舗とテレマーケティングを組み合わせる取り組みにも関わりました。コンタクトセンター・ウェブ・ショップ・訪問と、ほぼすべての販売チャネルが揃ったわけです。

ただ、次第に「保険だけでお客様のニーズをすべて満たせるのか」という話になっていきました。そこで、グループ会社のプレミアムウォーターホールディングスと合弁会社を立ち上げ、ウォーターサーバーの販売事業を始めました。ウォーターサーバーを使うのはファミリー層が多く、そのお客様に将来的に保険のご提案もできるという発想です。その合弁会社が株式会社Patch、現在のRenxa株式会社の前身です。

「この経験があったから今の自分がいる」と感じるエピソードはありますか?

今の「Renxa」、当時の社名でいうと「Patch」の2期目から代表に就任したのですが、正直「これは相当厳しい役回りだ」「絶対うまくいかない」と思いながら引き受けました(笑)。

引き継いだ初月から単月で3,000万円の赤字で、手元の現金は約6,000万円しかない。このままでは資金が底をつくという瀬戸際の状態でした。前職では資金繰りで苦しむ経験などなかったので、本当の意味での経営を初めて突きつけられた感じでしたね。

まず不採算拠点をすべて閉鎖して出血を止めつつ、同時に新たな借り入れで資金を確保する、という動きを並行して進めました。ただ、それだけでは赤字が止まらない。そこで「ウォーターサーバー1商材だけでお客様のニーズを満たすのは、そもそも無理がある」と気づきました。

電気・ガス・インターネットといった他の商材も扱うべきだと株主に提案したのですが、取締役会ではかなり反対されました。それでも「中心にいるのはお客様。お客様が何を求めているかを考えることが大事」という考えを譲らず、反対を押し切って事業をスタートさせました。

あわせて、キャッシュフローを早く改善するために固定報酬型のBPO事業も始めました。地元の北海道ガス・北海道電力への営業からスタートし、東京ガスへとつながって、各電力・ガス会社との取引が一気に広がったのが2〜3年目のことです。

今振り返ると、あの経験があったから今の自分がある、と思います。まったく経験のない領域に飛び込んでもがいた時間が、今の事業の土台になっています。

社長就任後、経営者として最も苦労したことは何でしたか?

社長に就任した当初は、ビジネスモデルがまだ固まっていない状態でした。ウォーターサーバーの販売は赤字続きで、キャッシュフローもひっ迫している。そこでまず、固定報酬型のBPO事業でキャッシュを確保しながら、電気・ガス・インターネットの知識を少しずつ積み上げていきました。

やがて「自分たちで代理店として売ることもできるのでは」という方向に進んでいきます。「この商材が一番必要とされるタイミングはいつか」と考えたときに行き着いたのが、引っ越しのタイミングでした。創業からおよそ2年半で全国の不動産会社への営業に一気に振り切り、今の新生活立ち上げ支援サービス「ライフスタイルアドバイザー」につながっていきました。

一番きつかったのは、人に関わる判断をしたときです。赤字なのに大阪・仙台など複数の拠点を抱えていたため、不採算拠点の閉鎖を決断しました。悪いのはビジネスモデルであって、従業員ではない。それはわかっていても、「撤退します」と従業員に説明するのは本当に心苦しかったです。

さらに、前任者が従業員に賞与を払う約束をしていたことも発覚しました。社長就任が4月で、賞与の支払いは6月。資金が底をつきそうな中では、とても約束通りには払えません。

そこで従業員には正直に話しました。「今は払えない。でも7〜8月に同額分のキャンペーンを別で用意するので、残ってくれたメンバーにはちゃんと還元する」と。幸い、その頃には資金の見通しも立ってきていたので、約束した金額をきちんと渡すことができました。今いる社員にもあまり話したことがないのですが、当時はそういう場面がありました。

従業員がモチベーションを保って踏ん張ってくれたことが、V字回復の大きな力になったと思っています。

今後の展望について教えてください

今回のグループ会社との統合で、これまでのコンタクトセンターに加えて、実店舗という新しい顧客接点が加わりました。これは当社にとってかなり大きな変化です。

これまでの新生活支援サービスは、転勤や新社会人など若い世代との接点が中心でした。一方、リアルの携帯ショップには、平日でも時間に余裕のあるシニアの方やファミリー層がたくさん来店されます。そういった方々のニーズにも応えられるサービスを、これから作っていきたいと思っています。

扱える商材の可能性も、エネルギーだけにとどまらずどんどん広がっていくはずです。若い方なら資産形成や将来の住宅購入、シニアの方なら相続対策や医療・介護への不安など、お客様のライフステージに合わせた提案ができる会社を目指していきたいですね。

その根底にあるのは、創業期から一貫して変わらない「中心にいるのはお客様」という考え方です。自社の都合や目先の利益ではなく、「このお客様にとって今、本当に必要なものは何か」を起点に判断し、行動し続けること。その姿勢を大切にしながら、これからも一人ひとりの暮らしにより良い連鎖を生み出せる会社であり続けたいと思っています。

最後に、他の経営者へのおすすめの本を教えてください

正直に言うと、私、本をほとんど読まないんです(笑)。「社長の履歴書」に載っている他の経営者の方々の記事を見ると、皆さん素晴らしい本を紹介されていて恥ずかしいのですが、人におすすめできる1冊が出てこないというのが本音です。

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

企業出版のノウハウを活かした記事制作を行うことで、社長のブランディング、企業の信頼度向上に貢献してまいります。