株式会社ENVY 宮津氏

今回は株式会社ENVY代表、宮津 駿氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。ぜひご覧ください!

会社名称株式会社ENVY
代表者宮津 駿
設立2024年3月
主な事業ウェビナー代行サービス「セミナーBPO」の提供
社員数業務委託15名(取材時)
会社所在地兵庫県神戸市中央区磯辺通1丁目1番18号カサベラ国際プラザビル707
会社HPhttps://e-nvy.jp/

最初に、現在の事業内容について教えてください

ウェビナーの代行事業を行っています。具体的には、ウェビナー開催に必要な企画から、集客、資料や台本の作成、当日の運営まで、登壇以外のすべてをまるごと代行するサービスです。

特徴としては、ウェビナーを経由して有効商談を増やすことをゴールにしている点にあります。多くの企業では、ウェビナーを認知拡大の施策として使われていますが、弊社は、ウェビナーの中で自社のサービスや考え方、立ち位置をしっかりお伝えする方針です。ウェビナーで理解と信頼関係を作ったうえで、サービスに魅力を感じた方だけが商談に進む状態を作ることで、購買意欲の高い方だけが商談に入る形になります。この点が、弊社のウェビナーの大きな特徴です。

導入実績は2026年5月現在で240社ほどで、開催代行は累計3,500回ほどになります。

日頃の情報発信などはどのようにされていますか?

メインで活用しているのはnoteです。支援事例の記事や、サービスの考え方を伝える記事を継続的に投稿しています。サービスサイトには載せきれない、より踏み込んだ内容もnoteにまとめています。たとえば固定の記事では、私自身がウェビナーを5回続けて受注ゼロだった時期から、240社にご利用いただける支援会社になるまでの過程を、できるだけ具体的にお伝えしているので、ぜひご覧いただければと思います。

そのほかにも、Webメディアにコラムを寄稿したり、X(旧Twitter)でも、日々の気づきやウェビナー運営のリアルな話を発信しています。

noteの代表記事:https://note.com/miyatsu_envy/n/n7b30ffe85b90
note(マガジン全体):https://note.com/miyatsu_envy
X(@s_miyatsu):https://x.com/s_miyatsu

ここからは宮津社長ご自身のことをお聞かせください。学生時代に打ち込んだことを教えてください

高校生までは格闘技に打ち込んでいました。小学校に入る前からフルコンタクト空手の道場に通い始めました。母の友人のお子さんが空手をしていたのが最初のきっかけです。並行して、小学生の頃からキックボクシングにも取り組んでいました。

当時はかなりハードな練習をしていて、平日は空手とキックボクシングの練習をそれぞれ行い、土曜日は朝から夜まで練習や指導をしていました。日曜日は試合が入ることも多かったですね。学生時代に「きついことを継続する経験」を積めたことはよかったと感じています。

空手は楽しく取り組まれていたのでしょうか?

正直、最初は苦痛でしかなかったですね。痛いですし、「やりたくない」と嫌々通っていたのを覚えています。でも、あるとき空手のトーナメントで3位になったんです。親から無理やり出場させられた試合でしたが、負けたこと、一番上まで行けなかったことがすごく悔しくて。そこから「練習を頑張ろう」と思うようになり、空手を続けるきっかけになったと記憶しています。

キックボクシングはなぜ始められたのですか?

通っていた道場が、2階が空手、1階がキックボクシングという作りだったんです。同じ運営元がそれぞれのジムを経営していたので、空手の生徒たちでキックボクシングの試合に出る機会がありました。そのとき初めてキックボクシングに触れたんですが、空手とは別の面白さがあったので、試合後も並行して続けるようになりました。キックボクシングは今も趣味程度に続けています。

大学では、格闘技は続けなかったという形でしょうか?

大学でも少しはやっていたのですが、その道に進むつもりはありませんでした。大学で力を入れていたのは、アフィリエイトを中心としたメディア運営です。大学に入ると時間も自由になりますし、そのタイミングでアフィリエイトに出会いました。ライターを使ったりしながらチームを作って、自社メディアの運営を始めました。それがすごく楽しくて、ずっと続けていた感じです。

当時から起業や経営に興味があったということでしょうか?

起業は考えたことはなかったですが、ノマド的な働き方には憧れを持っていました。ノートパソコンを持って、オフィス以外のカフェなどで仕事をするのがかっこいいなと思っていました。

憧れを持ったきっかけは中学生の頃、株式会社オトバンクの上田渉会長が書かれた『ノマド出張仕事術』という本の出版記念セミナーのDVDを観たことです。父がリビングのテレビでそのDVDを観ていたんです。たまたま僕もその場にいて、面白いなと感じたので後日改めて本を読んでDVDをしっかり観ました。

大学は理工学部とのことですが、周りに事業をされている方がいる環境だったのでしょうか?

いえ、いなかったですね。むしろ事業をしていることを話したら「意識高い系」と言われるような雰囲気だったと思います。なので、周りには話していませんでした。

理工学部を選んだ理由は、もともと建築家になりたかったからです。建築系の仕事をしたくて理系に進んだのですが、結局大学は建築学部には合格できず、設計図を書くという点で似ている機械工学に進んだ、という流れです。大学の学部や環境とアフィリエイトはまったく関係ありませんでした。

当時取り組まれていた「アフィリエイトを中心としたメディア運営」について教えてください

最初は「月1万円でも稼げたら、アルバイトにプラスアルファになる」というくらいの軽い気持ちで始めました。当時は情報商材が流行っていて、ネットビジネスについて調べる中で出会ったと記憶しています。事業として考えていたわけではなく、お小遣い稼ぎ程度の軽い気持ちでした。

少しずつ収入が入ってくるようになってきて、もう少し稼げないかなと考えるようになった頃、『毎月100万円以上の報酬を本気で狙う為の【アフィリエイト】上級バイブル』という本に出会いました。本には「サイト運営は会社と同じ。マーケティングも集客も営業も、人の管理もする必要がある」といった内容が書かれていて、もっと本気で取り組まないと月10万、20万円は稼げないんだと気づきました。1人で記事を書いて稼ぐ感覚から、会社のように人を動かして仕組みで稼ぐ感覚へ、考え方を切り替える必要があると感じたきっかけでした。

ちょうどその頃、当時扱っていた美容系メディアでは、化粧品や脱毛など、男性の自分にはなかなか興味の持てない商品が中心でした。興味の持てない商品を売るための記事を書くことが苦痛に感じる場面も増えてきていたので、思い切って、美容部員やコスメコンシェルジュ資格を持つ方へ記事執筆を依頼する形に切り替えました。すると、現場感のある一次情報が増え、記事数だけでなく内容の質も大きく改善され、美容系カテゴリーで上位表示を取れるようになりました。そこから広告主から直接オファーをいただけるようになり、単価の高いところと契約することで、1つのメディアから月10万、20万円ほどの収入が入るようになっていったので、卒業後は企業へは就職せず、個人事業主としてやっていくことを決めました。

社会人経験なしでの独立は、周りからの心配や反対もあったのではないですか?

そうですね。親からは反対されました。大学の友達にも「就職しなくて大丈夫?」と心配されることがありました。ただ、仲のいい友達は「合っているんじゃない?」と応援してくれていましたね。

両親が僕の仕事に対して安心してくれたなと感じるまでは結構な時間がかかりました。アフィリエイトで収入は立てられるようになったものの、その後、広告主の出稿停止で月の収入がゼロになる経験もありました。そこから自社サービスを作って売っていく中で、営業にすごく苦戦して、なかなか事業が確立しない時期もあったんです。その壁を乗り越えて、今の事業形態になってきた段階で、ようやく少し安心してもらえたかなと感じました。

これまでのご経験の中で、今の自分に活きている経験やエピソードはありますか?

2つあります。1つ目は、先ほどの空手やキックボクシングです。きつい環境にいたことで、「多少しんどいことでもへこたれないメンタル」を作れたと感じています。諦めるのが嫌、負けたくないと強気になれるのは、格闘技の経験があったからだと思います。

2つ目は、フリーランス時代の営業経験です。広告出稿停止で収入がゼロになり、「広告依存や他社サービス依存のビジネスは安定しない」と痛感しました。そこから自社サービスを作る必要があると考え、当時の経験をもとに、業務委託や外注を活用したチーム運営の研修サービスを作って法人営業を始めました。

ただ、初めての法人営業だったので、まったくうまくいきませんでした。ブログを書いてもPVは増えず、広告を出しても商談につながらない。ビジネスマッチングアプリでアポが取れても、「それ価値あるの?」「実績は?」「めっちゃ高いやん」と詰められることも多くありました。商談の前日は胃が痛くなり、当日は手が震え、声まで震えてしまうこともありました。営業がすごく怖くて苦しんだ経験ですが、その経験があるからこそ、今の「商談前に理解と信頼を作る」という考え方につながっていると思います。

その営業の苦戦から、現在のウェビナー事業にたどり着くまでの経緯を教えてください

法人営業に苦しんでいた時期に、ビジネスマッチングアプリで知り合った経営者の方と食事に行く機会がありました。その方が、「グランフロント大阪で30分の講演をして、10件の申し込みが入った」とおっしゃったんです。当時の私は毎回疑われる前提で商談が始まる状態でしたから、その話に大きな衝撃を受けました。「初対面で売り込むのではなく、先に価値を伝えて、納得した人とだけ話せる状態を作れれば、営業はもっと楽になるのではないか」と思ったんですね。

ただ、会場を借りてセミナーをするまでのハードルは高かったので、別の方法を探していたところ、ウェビナーという手段にたどり着きました。実際に始めてみたものの、最初の5回はまったく受注につながらず、広告費だけが溶けていく状態でした。それでも諦めずに、1回1回のデータを取りながら、構成や伝え方を改善し続けると、徐々にウェビナー後の商談が決まるようになりました。商談では、「ウェビナーがすごくよかった」「まさか講師の方と直接話せるとは思っていなかった」というお声をいただけて、以前のように警戒された状態から始まる商談ではなく、「教えてほしい」という相談ベースの商談に変わっていくのを感じました。

その後、経営者の方たちから「同じようにウェビナーをやりたいので教えてほしい」というお声がけをいただくことが増えていきました。最初は内製化支援、いわゆるコンサルのような形でスタートしたのですが、お客様ごとに見込み客への理解度や、営業・マーケティングのスキルに差があることがわかっていきました。社長は経験やスキルが豊富でも、ご担当者は経験が浅いケースもあります。結局、こちらで細かく添削や修正をする必要があり、実態としてはコンサルではなく、ほぼ代行になっていたんです。それなら最初から代行形式に振り切ったほうが、お客様も成果が出やすいですし、こちらもオペレーションを仕組み化しやすいのではと考えるようになりました。

ちょうどその頃、知り合いの経営者の方から「ビジネスモデルは大きく内製化支援、代行、ツール(SaaS)の3つに分けられる。宮津くんの場合は代行に寄せたほうが組織化しやすいよ」というアドバイスをいただいたこともあり、完全代行形式の現在の「セミナーBPO」という形に至り、今の会社を設立した流れになります。

経営者として仕事をされる中で、苦労したことはありますか?

もともとはフリーランスとして1人で活動していたので、「自分にはチームを率いる経営者の器はない」とずっと思っていました。できるなら1人で完結したいですし、人と関わるよりも自分で黙々とやっているほうが楽だと感じていたんです。ただ、いろんな経営者の方と関わる中で、サービスを広げるには組織化が必要だと考えるようになりました。「自分が食べていける分だけ稼げばいい」というスタンスの社長は周りにいませんでしたし、視座の違いを感じて、次のフェーズに進みたいと思うようになりました。そこで業務委託のチーム化を進めていったのですが、組織における再現性の部分ですごく苦労しました。今も試行錯誤の段階です。

ウェビナーの企画から構成、開催まですべて1人でやっていたことを、少しずつ人にお任せする形を取り始めたのですが、自分でやったほうが圧倒的に早いですし、「なぜこんな簡単なことがわからないのだろう」と感じてしまうこともありました。結果、自分で巻き取ってしまうことが何度もありましたね。

マネジメントも、正直なところ苦手です。私自身、指示が事務的になりやすく、「これをお願いします」「ここを修正してください」と必要最低限しか伝えない癖があります。あとになって、すごく冷たく伝わってしまっているなと反省することもありました。何でも仕組みで解決したいと考えてしまうのですが、それだけではチームや組織は回らないという難しさを感じています。

そういった悩みを乗り越えたきっかけや、意識していることがあれば教えてください

組織化やチーム化に関しては、悩んだらすぐに周りの社長に相談するようにしています。「任せたいけれど自分でやってしまう」という話をすると、「そこが耐えどきだよ」と言われたりするんです。そういう言葉に背中を押されながら、仕組み化やマニュアル化を少しずつ進めてきました。具体的には、マニュアル作成の講座を受けたり、オペレーション設計の本を購入したりして勉強し、実際に自社のマニュアルやオペレーションに落とし込んでいきました。

ただ、マニュアルを完璧に作って渡しても、思いどおりには伝わらないことが多いんです。自分の中で当たり前になっている感覚が、相手からすると当たり前ではない。そこが一番苦労してきた部分ですし、今も苦労しています。ズレが起きるたびに、「どこで認識がズレたのか」「なぜそういう解釈になったのか」「どうすれば同じように再現できるのか」を、プロジェクト単位で毎回確認しています。その差分を埋める形で、マニュアルやオペレーションを修正し続けてきました。PMやディレクターには、こちらの意図やお客様の意図を汲み取って進めてもらう必要があります。私自身、伝えるのが得意ではないので、意図を汲み取るのが上手な方に依頼するようにしています。

また、コミュニケーションの温度感が伝わりにくいという課題もあったので、最近はZoomで週1回、顔を合わせる機会を作っています。チャットでのやり取りが中心なので、私の意図が冷たく伝わってしまうこともあります。チャットでリアクションボタンを使ったり、絵文字を使ったり、感情が伝わるコミュニケーションを意識するようにしています。

今後の展望について教えてください

ウェビナー代行のサービスを広げていきたいと考えています。新規営業を頑張っているのに報われない企業はまだまだ多いと感じています。私自身もそうでしたが、「まだ知らない相手」「ちょっと話を聞いてみたいくらいの温度感の低い相手」と商談している方々は少なくありません。そうなると、本来向き合うべき相手に時間を使えていないことが多いのではないでしょうか。商談の前に理解と信頼を作って、無理に売り込まなくても、必要な人に必要なサービスを届けられる。そんな企業を1社でも増やしていくことが、今後の展望です。

最後に、他の経営者におすすめの本を1冊教えてください

ターリ・シャーロット氏の『事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学』(上原直子訳、白揚社)という本をおすすめします。相手を無理にコントロールするのではなく、相手に主体性を持ってもらいながら自然に考え方を変えてもらうプロセスについて、脳科学の観点から書かれている本です。私自身、もともとは「正しい情報やエビデンス、事実を伝えれば、人は納得して動いてくれる」と思っていました。ただ、実際には事実だけでは感情が動かず、人は動かない。そのことをこの本から学びました。

特に印象に残っているのが、税金と寄付の違いを例に挙げた話です。税金は使い道を自分で選べないから苦痛を感じやすく、一方で寄付は自分で寄付先を選択できるので受け入れやすい、というお話でした。税金の使い道を一部でも自分で意思決定できる機会を与えると納税率が上がったという実験も紹介されていました。人は主体性を感じると行動が変わる。この点が印象に残りましたし、営業やマーケティングでも使える概念だと感じて、今も大切にしています。

『事実はなぜ人の意見を変えられないのか 説得力と影響力の科学』ターリ シャーロット(著)、上原 直子(翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4826902131

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

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