
今回は株式会社アテンドライフ代表、熊倉健太氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社アテンドライフ |
| 代表者 | 熊倉 健太 |
| 設立 | 2009年12月 |
| 主な事業 | 損害保険代理店業 |
| 会社所在地 | 東京都台東区東浅草2-18-11新大池ビル2-A号室 |
| 会社HP | https://attend-life.co.jp/ |
事業紹介をお願いします
株式会社アテンドライフは、東京海上日動火災保険の専属代理店として、損害保険・生命保険の取り扱いを行っています。創業から約16年、主に運送業界のお客様を中心に事業を拡大してきました。
運送会社との取引では、取引先企業のドライバーが増えるたびに自動車保険の契約が増える仕組みを構築し、安定した成長を続けてきました。一方で、自動車保険は事故が多い分野でもあり、損害率の上昇による手数料の引き下げという課題にも直面してきました。現在は売上の約6割を自動車保険が占めていますが、この比率を見直し、事業構成の転換を進めています。
特に今、力を入れているのがサイバーリスクへの対策支援です。2023年3月に自社がサイバー攻撃を受けた経験から、中小企業にとってのサイバーリスクの深刻さを実感しました。BCP(事業継続計画)の策定支援を切り口に、中小企業の経営者にサイバーリスクへの備えを届ける取り組みを強化しています。
株式会社アテンドライフの強みを教えてください
「チームでお客様をお守りする」という体制が、当社の強みです。
多くの保険代理店では、担当者が個別にお客様を受け持ち、その担当者がいなければ対応が止まってしまうケースがあります。当社では、営業担当だけでなく事務スタッフも含め、全員でお客様の情報を共有しています。対応履歴をすべて記録しているため、担当者が不在でも、会社に電話をいただければ現在の状況をお伝えできる体制になっています。
たとえば、「熊倉さんいますか」とお電話をいただいた際にも、「不在なので折り返します」で終わらせるのではなく、「どのようなご用件ですか。今こういう状況ですよね」とお伝えできるようにしています。
お客様にとって、いつ連絡しても状況を把握してもらえるという安心感を大切にしています。
今後、力を入れていきたい取り組みについて教えてください
保険業界では近年、業務品質や体制整備への要求が高まっています。売上を伸ばすことはもちろんですが、それ以上にコンプライアンスや社内体制の整備が重視されるようになりました。
当社では、体制整備の各分野にキーパーソン(KP)を配置し、それぞれが責任を持って取り組む仕組みをつくっています。BCP対策もその一環で、避難訓練の実施や、震度5以上の地震が発生した場合の連絡体制まで整備しています。
今後は、BCP策定支援を入り口として、サイバーリスク保険の普及に取り組んでいきたいと考えています。保険を「売りに行く」のではなく、お客様の事業継続を支援する中で、自然とリスク対策の一つとして選んでいただける関係をつくることが理想です。
運送業のお客様に対しても、かつては保険を売るのではなく「自動車保険の管理をお手伝いする」というところから信頼関係を築いてきました。保険料の引き落としが止まっていないか、保険期間が切れていないかを管理し、「あそこに任せておけば安心だ」と思っていただくことが、結果として紹介やご契約につながっていきました。サイバーリスクの分野でも、同じようなアプローチで取り組んでいきたいと考えています。
ここからは熊倉社長ご自身のことについてお聞かせください。学生時代に力を入れていたことは何ですか?
野球一筋の12年間でした。小学校では地域の野球チーム、中学校では地域のチームと学校のチームをかけ持ちし、高校では部活動で野球に打ち込みました。
中学3年生までは、毎日野球をやりたくて仕方がないほど楽しかった記憶があります。ただ、高校に入ってからは環境が一変しました。体罰や水分補給の制限が当たり前の時代で、特に高校1年生の時期が人生で一番つらかったですね。
それでも、やはりチームプレーが好きでした。仲間と一緒に何かを成し遂げたり、格上のチームに勝ったりする瞬間が楽しかったです。
野球の経験が、今のお仕事や経営に活かされていると感じる瞬間はありますか?
ありますね。保険会社の年度末は3月です。取材を受けているちょうど今が年度末の真っ只中なので、野球に例えると「9回」にあたるのですが、損保の目標は達成したものの、生保の目標があとわずか届いていない状況で、達成したと思ったらお客様の体況でまたマイナスが入ったりと、まさに「逆転したと思ったらまた逆転された」ような展開でした。今はその最後の「9回裏」を戦っている感覚です。
当社は野球経験者が多い職場で、営業8名のうち5名が野球部出身です。最近入社した21歳の社員は、私の息子の野球部の後輩にあたります。野球部出身の人間は、ある程度の厳しさや苦しい状況に慣れているので、一緒に仕事がしやすいと感じていますね。
学生時代、将来についてはどのように考えていましたか?
中学生まではプロ野球選手になりたいと思っていました。しかし、高校に入学した瞬間に、周りのレベルの高さを目の当たりにして、その夢は無理だとすぐに気づきました。
実家が理容店だったので、それなら床屋になろうと考え、理容の専門学校に進みました。ところが、ちょうどその頃から1,000円カットの店が増え始め、地元の理容店もお客様が減っていく様子を見ていました。この業界で食べていくのは大変ではないかと感じるようになったんです。
私は17歳の時に父を亡くしています。母は美容師として自分の店を営んでいましたが、父が亡くなった後に体調を崩し、お店を売却することになりました。弟もおり、家計は決して楽ではありませんでした。その経験から、自分の子どもにはお金の面で苦労させたくないという思いが強くなり、いつか自分で何かやって稼げるようになりたいと考えるようになっていきました。
保険業界に入られた経緯を教えてください
理容の専門学校を卒業した後、求人広告で見つけた電気工事会社に就職しました。約7年間、電気工事の仕事に携わりましたが、休みは少なく、日曜日も工場の工事で出勤することがありました。子どもの運動会にも行けず、給料も上がらない。将来への不安を抱えていた時期です。
そんな折、妻が勤めていた保険代理店の社長から、事業承継の話が持ちかけられました。高齢の社長が跡取りを探しており、妻を通じて私にも声がかかったのです。同時に、東京海上の研修生制度の募集を知りました。基本給に加えて歩合があり、土日祝日が休みという条件に惹かれ、すぐに応募を決めました。
ところが、実際に入ってみると想像以上に厳しい世界でした。3年2ヶ月の研修期間中、3ヶ月ごとにノルマが設定され、達成できなければ退職させられます。周囲は元銀行員や元証券マンなど営業のプロばかりで、電気工事出身で営業経験のない私は完全な異色の存在でした。
最初の半年間は本当に苦労しました。昼間は訪問先がなく、夜に友人に電話をかけまくるような日々でした。友人に連絡を取り続けるうちに、変な噂が広がり、電話に出てもらえなくなったこともあります。転機になったのは、野球部の先輩の紹介で知り合った建設会社の社長が、自動車保険や工事の保険をまとめて任せてくださったことです。その社長が建設業の仲間を次々と紹介してくださり、そこから一気に軌道に乗りました。
全国から約80名が参加した研修で、卒業できたのはわずか5名。私はそのトップで卒業することができました。卒業基準の約2倍の数字を2年で達成し、現在も代理店の社長を続けているのは、同期の中で私だけです。
株式会社アテンドライフの創業当初はいかがでしたか?
研修を卒業した当時、保険代理店は自宅でのんびり仕事をしているような個人経営が主流でした。しかし、「これからは組織化しないと生き残れない時代が来る」と、研修中から繰り返し言われていました。先輩経営者からも同様のアドバイスを受け、研修2年目に妻の勤め先の社長が亡くなったこともあり、会社設立に踏み切りました。
半年ほど経った頃、研修で同期だった野球部の後輩が退職させられ、行き場を失いました。「うちに来るか」と声をかけ、これが社員第1号の採用になりました。その後、同級生の野球部仲間も合流し、4人体制に。続いて事務員も採用していきました。
人を増やす一方で、個人の貯蓄はすべてなくなりました。給料の支払いが追いつかず、銀行からの借入も行いました。創業から3年目くらいまでが、資金面では最もきつかった時期です。
しかし、振り返ってみると、この時期に無理をしてでも組織体制を整えたことが、今の会社の土台になっています。
経営者として、これまでどのような苦労がありましたか?
いくつかの壁がありました。創業初期の資金繰りの大変さはもちろんですが、事業が成長した後にも苦労はありました。
自動車保険が増えすぎたことで損害率が悪化し、保険会社から手数料を引き下げられた時期が特に厳しかったです。社員数が約20名に増えていた段階で収入が減ったため、妻の給料を取れなかったり、自宅の資金を会社に補填したりする月が続きました。創業初期は数十万円の補填で済んでいたものが、規模が大きくなった分、数百万円単位の不足になる。赤字の月が何度もあり、その補填に追われました。
また、2023年3月のサイバー攻撃も大きな出来事でした。サイバーリスク対策を扱う保険代理店でありながら、自社が被害に遭うとは思っていませんでした。事前の対策と初動対応のおかげで被害は最小限に抑えられましたが、それでも1週間の業務停止、フォレンジック調査に1台あたり200万円の費用がかかるなど、経営への影響は小さくありませんでした。
ただ、この経験があったからこそ、サイバーリスクを経営者の視点で伝える今の活動につながっています。
今後の展望を教えてください
まず、売上構成の転換を進めていきたいと考えています。現在は約6割を占める自動車保険の比率を3割程度まで下げ、サイバーリスク保険や賠償責任保険など、事故の少ない分野の比率を高めていくことが目標です。
事業規模の面では、現在も外部の代理店を統合する動きが進んでおり、2026年7月にはさらに1社を合流させる予定です。保険業界では2027年問題と呼ばれる代理店の再編が加速しており、当社は地域の統括代理店として、東東京エリア(足立区・荒川区・墨田区・江戸川区・江東区・台東区・葛飾区)でトップの数字を維持しています。
一方で、数字を追うだけでなく、中小企業の経営者がサイバーリスクに対して「判断に迷わない状態」をつくるための支援にも力を入れていきます。BCP策定支援やデジタルを活用した集客など、新しい取り組みにも着手しており、保険の枠を超えた事業パートナーとしての存在を目指しています。
最後に、おすすめの1冊を教えてください
漫画で恐縮ですが、むつ利之さんの『名門第三野球部』です。
野球が好きで、初めて買った本だったので思い入れがあります。
『名門第三野球部』むつ 利之(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4063057100/
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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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