
今回は株式会社Trust代表取締役社長、多川一馬氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社Trust |
| 代表者 | 多川一馬 |
| 設立 | 2013年8月8日 |
| 主な事業 | 在庫買取事業 卸売事業 小売事業 1坪フランチャイズ事業 |
| 社員数 | 約130名(取材時)(パート含む) |
| 会社所在地 | 〒579-8063 大阪府東大阪市横小路町4丁目3-30 |
| 会社HP | https://www.trustgroup-kaitori.com/ |
株式会社Trustの事業内容と強みについて教えてください
株式会社Trustは、「廃棄ゼロ」を目指している会社です。メーカーや問屋から、新商品の登場で型落ちになったものや、トレンドが過ぎて売れ残ってしまった在庫を現金で買い取り、消費者が喜ぶ価格で再流通させることをメインの事業としています。
また、メーカーや問屋から弊社を売り先に選んでいただける理由は、大きく2つあります。
1つは「販路を守ること」です。メーカーや問屋には、既存の取引先があります。私たちが安く仕入れて安く売るだけでは、その販路を乱してしまいかねない。廃棄を減らすという理念だけで突っ走って、関わる企業に迷惑をかけるようでは本末転倒です。だからこそ、買取の際には既存の販路と重ならないよう、しっかりすり合わせをしています。
もう1つは「現金の速さ」です。在庫を処分したい企業は、すぐに現金化したいケースがほとんどです。私たちは商品到着後3日以内に現金でお支払いしており、1億円以内であればキャッシュで即対応しています。
自社店舗での販売面では、廃棄在庫の再流通だけでなく、トレンド商品の投入も積極的に行っています。TikTokなどのSNSで若い世代の動向を常にチェックし、流行をいち早くつかむことを意識しています。
たとえば今であればシールが人気ですが、中国での製造・大量仕入れにいち早く踏み切り、店舗に導入しました。「あの店はシールが安い」という口コミが集客につながり、来店したお客様が廃棄在庫の商品にも興味を持ってくださる。トレンド商品はあくまで「お客様を呼び込む入口」であり、廃棄削減という理念につなげるための仕組みの一部です。こうした取り組みが、現在の35店舗(2025年4月時点)への拡大を支えています。
「社長の履歴書」の読者には経営者の方も多くいらっしゃいます。それらの方に買取・販路の両面で、PRがあればお願いします
正直なところ、小売店からの買取依頼は今はまだ多くはありません。ただ、ゼロではありませんし、どんな商品でも、どこからでも買取できると思っています。小さなお店を経営されていて、処分できずに困っている在庫がある方は、ぜひ一度ご連絡ください。できる限り対応させていただきます。
弊社の事業の詳細についてはこちらをご覧ください。
https://www.trustgroup-kaitori.com
ここからは多川社長のことをお聞かせください。高校卒業後に物流業界へ進まれていますが、学生時代はどのように過ごされていましたか?
学生時代は、ほぼアルバイト漬けでした。定食屋の厨房と倉庫の流れ作業をかけ持ちしながら、稼いだお金でバイクをカスタムして夜に走り、朝になったら学校へ行く——そんな毎日でした。今の仕事には正直あまりつながっていない高校時代だったと思います(笑)。
物流業界に進んだのも、深く考えてのことではありませんでした。家が裕福ではなかったので進学は現実的ではなく、かといって大学に行きたいという強い気持ちもなかった。「卒業したら働く」というのが自分の中での当たり前で、学校が推薦してくれた会社、ヤマゼンロジスティクスにそのまま就職したという形です。
経営者になりたいと考えたのは、いつ頃のことだったのでしょうか?
実は、最初から「経営者になりたい」という強い思いがあったわけではありませんでした。私が描く経営者像は、たくさんの人を雇って、ついてきてくれる従業員を幸せにするというもの。独立はその理想に向かう過程の一つであって、最初から明確な目標があったというよりは、気づいたらその道を歩んでいた、という感覚に近いです。
きっかけは社会人2年目の頃です。1年目は仕事を覚えるのに必死で、できることといえば誰よりも早く出社して掃除するくらい。仕事終わりには飲食店でアルバイトをして、深夜2〜3時まで働いてから朝6時に起きて会社へ行く生活を半年ほど続けていました。当然、体を壊してしまってアルバイトを辞めたのですが、そうしたら急に時間ができて、手持ち無沙汰になってしまった。
そんなとき、駐車場でバイクのメンテナンスをしていたら、軽トラを持っているおじさんに「これ買わへん?」と声をかけられたんです。不用品回収で集めたタオルや日用品を1万円で譲ってもらい、フリーマーケットで売ってみたら10万円になった。あのときの衝撃は今でも忘れられません。すぐおじさんに連絡したら「もう在庫はない」と言われて(笑)。それからは、自分でいろいろなものを仕入れては売る副業を続けていきました。
その中で化粧品や日用消耗品を扱うようになったとき、それまでとは明らかに違う売れ方をすることに気づきました。そして深掘りしていくうちに、廃盤になって捨てられていく商品が世の中にたくさんあるという現実が見えてきました。「廃棄をなくして、未来に価値をつなぐ」という今の理念の根っこは、そこで生まれたと思っています。ヤマゼンロジスティクスでのサラリーマン生活7年を経て、25歳のときに独立を決意しました。
社会人時代の経験で、今の自分や事業に活きていると感じるエピソードはありますか?
ヤマゼンロジスティクス時代の経験は、今でも確実に活きていると思っています。ヤマゼンの本体は商社で、工務店などさまざまな取引先に商品を販売していました。物流部門にいると、返品で戻ってきた商品の対応も日常的な仕事の一つでした。
営業サイドは「早く処理してくれ」となる。でも倉庫としては、少しでも傷があれば製品として戻せない。一つの商品をめぐって、関わる人それぞれの思いや事情がぶつかり合う場面をたくさん見てきました。個性的な人も多くて、人間関係の面でも本当にいろいろと学びました(笑)。
今、独立してさまざまな企業の社長と話すとき、あの頃の経験が自然と頭をよぎることがあります。現場で身につけた感覚や、立場の違う人と向き合う姿勢は、サラリーマン時代があったからこそだと感じています。
起業のきっかけとなった軽トラとの出会いから、実際に独立するまでの経緯を詳しく教えてください
あの出会いは本当に偶然でした。バイクのメンテナンス用にシャッター付きのガレージを借りていたんですが、そこをたまたま軽トラで通りかかったおじさんに「お兄ちゃん、これ1万円で買わへん?」と声をかけられたんです。おじさんも「シャッターがあるから荷物を降ろせるだろう」くらいの感覚だったと思います。私もよくわからないまま、ちょうど刺激を求めていた時期だったこともあって、軽いノリで買ってしまいました。あのとき買っていなかったら、今の事業はなかったかもしれない。本当に不思議な縁だと思っています。
そこからはリサイクル品をはじめ、カー用品や婦人服などいろいろなものを仕入れてはフリーマーケットで売り続けました。アパレルはサイズやカラーの問題で全然売れなくて、本当に苦労しました。今、弊社が運営している小売店の「Dream market」ではアパレルを一切扱っていませんが、あの失敗があったからこその判断です。
そして、フリーマーケットに通い続けるうちに横のつながりが増え、買取業者から商品を売り込まれることも出てきました。それでも商品を安定して仕入れることにはずっと苦労しました。そうして試行錯誤を繰り返す中で、廃盤になって捨てられていく商品の多さに気づき、「この廃棄をなんとかしたい」という思いが強くなっていきました。サラリーマンを続ければ安定はある。それでも25歳のとき、廃棄を減らすことに挑戦したいという気持ちに正直になって、独立を決めました。
独立の時点で、仕入れへの自信はあったのでしょうか?
当時は「いける」と思って飛び込みましたが、今振り返るとかなり不安なスタートでした(笑)。当時の取引先で今も続いているところは1件もありませんし、今思えば「あのときよく会社を辞めたな」と思います。ただ、そこから取引先も変わり、自分たちもレベルアップしてきました。会社を長く続けることの難しさを、今も毎日実感しています。
経営者として仕事をする中で、特に苦労したことはどんなことでしたか?
一番しんどかったのは、最初に従業員を雇ったときのお金のやりくりです。1人目を採用した時点で、月末の給料を払えるかどうか、毎月本当に綱渡りでした。経営の知識があってスタートしたわけでもないので、会社を回すということ自体、全部0から覚えていく日々でした。サラリーマン時代の貯金でなんとかしのいでいましたが、創業1年目は自分の給料を取れないくらい苦しかったです。
転機は2年目の頃です。シャッターの閉まった天神橋筋商店街の空き店舗を1週間だけ借りて、催事形式で販売してみたところ、これがよく売れた。「人が集まる場所でないと、何をやってもダメだ」とそのとき気づきました。
それからは各地の商店街をラウンドして、1週間単位で催事を繰り返す毎日が始まりました。日曜日に搬出を終えたらそのまま次の会場へ移動して搬入し、月曜日から販売スタート——という生活を1年間ひたすら続けました。夜中2時ぐらいまで働くことも多かったです。
ただ、動き回るだけでなく、雨の日の売上や気温による来客の変化など、データをずっと記録し続けていました。「1週間の催事で売れる量が、1ヶ月間営業するとどこで落ち着くか」を予測して、手応えのあった商店街から順番に常設店舗へ切り替えていく。その積み重ねが、少しずつ売上の安定につながっていきました。
お金の苦労を乗り越えた後、次にぶつかった壁はありましたか?
店舗を増やしていくにつれて、次にぶつかったのが採用の問題でした。物流の現場しか経験がなかったので、人をどうやって採用すればいいのか、最初は本当に何もわかりませんでした。
はじめは知り合いに声をかけてアルバイトとして来てもらっていましたが、それにもすぐ限界が来ます。外部に求人を出して面接をするようになりましたが、今振り返ると「よくあの知識で面接してたな」と思うくらい、手探りの連続でした(笑)。
身内頼みから外部採用へ、少しずつやり方を見直しながら、やっと今の形になってきたかなというところです。採用には今も特に力を入れています。
今後の展望について教えてください
よく「年商をどこまで伸ばすつもりですか?」と聞かれます。前期が30億円で、今期はTrustだけで40億円、グループ全体では50億円くらいまでいきそうです。100億円も、やろうと思えば届くと思っています。ただ、「100億円企業をつくりたい」という気持ちは正直ありません。
では、なぜ拡大するのか。一緒に働いてくれている従業員の給料を上げたいからです。今の水準から倍にしようと思ったら、それだけの売上が必要になる。だから拡大する、というシンプルな話です。
創業当初は綺麗事を言っていられませんでした。まず売上を作ることで精一杯で、そのフェーズがあったからこそ今があります。今はやっと、人に投資できる段階に来たと感じています。
もう一つ意識しているのは、私自身の影響力を少しずつ薄めていくことです。トップが強ければ会社は回るかもしれない。でも本当に強い組織をつくるには、仲間一人ひとりが成長していくことが不可欠だと思っています。廃棄をなくすという会社の理念を大切にしながら、その土台として、まず従業員ファーストでいきつつ彼らを成長させ、会社を大きくしていきたいと思っています。
最後におすすめの本があれば、ぜひ教えてください
最近ハマっていたのは、『俺だけレベルアップな件』という漫画です。韓国発祥の作品で、モンスターが出てくるファンタジー系なんですが、最初は弱かった主人公が途中で覚醒して、どんどん強くなっていく。最終的には手がつけられないくらい強くなるんです。見ていてとにかく安心できる漫画です。
経営に直接活きているかというと、正直そこは微妙なんですが(笑)、強いて言えば「トップが圧倒的に強ければ、周りを守れる」という感覚にどこか通じるものを感じています。私が読む漫画は、主人公が圧倒的に強いものしか読まないんです。弱い主人公だと、もどかしくて読んでいられなくて(笑)。
『俺だけレベルアップな件』DUBU(REDICE STUDIO) (著)、Chugong(原著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4040640802/
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