株式会社インセクション 泉氏

今回は株式会社インセクション代表取締役、泉厚志氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称株式会社インセクション
代表者代表取締役 泉 厚志
設立2025年1月31日
主な事業業界特化型ウェビナー企画・制作支援
メルマガ作成・運用代行
ネイルサロン運営
会社所在地〒235-0004 神奈川県横浜市(請求があれば遅滞なく開示)
会社HPhttps://insection.co.jp/

学生時代はどのように過ごしてきましたか?

まず、学生時代のお話から聞かせてください。

あまり昔の話をしても今の仕事とつながりにくいので、大学を考え始めた高校の頃からお話しします。

高校生のときに、進学するのか、就職するのか、専門学校に行くのかを考えた際、このまますぐ社会に出るよりも、大学に進学して選択肢を広げたほうがいいのではないかと思いました。年収や仕事の選択肢について自分なりに調べながら、「このままだと少しまずいかもしれない」という感覚もあり、高2くらいで大学進学を決めました。

最初から明確にやりたいことがあったわけではなく、大学に行ってから自分に合う分野を見つけられればいいという感覚でした。

ここで少し父の話になりますが、さまざまな会社に勤めたり、自分で事業を行ったりする中で、うまくいかない時期もあり、苦労してきたようでした。そうした姿を見てきたこともあり、まずは会社員として正社員になり、働き方の基礎を身につけることが大事だという考えは、自分の中にも自然とありました。

進路選択と大学生活

進路はどのように決められたのですか?

まずは偏差値を少しでも上げるために塾に通い、過去問を解いていました。大学は通える範囲で考えていましたが、学部については将来の仕事につながりそうな分野を選ぼうと考えていました。

もともとパソコンが好きだったこともあり、将来的にはパソコンに関わる仕事に進むイメージがありました。そのため、コンピューター系の学部に進学しました。

学費はどのようにされていたのですか?

家庭はそこまで裕福ではなかったため、学費については将来的に半分は自分で負担することを前提に、親に支援してもらいました。大学へは実家から通い、4年間の中で自分の興味のあることをいろいろとやりながら就職活動を行いました。結果として、高校時代に思い描いていた進路にはつながったと感じています。

理系進学の「想定外」

理系の大学に入ってみていかがでしたか?

正直に言うと、「失敗したな」と感じました(笑)。

事前のリサーチが十分ではなく、実際に入ってみるとプログラミングや機械制御の授業が多く、想像していた内容とは大きく異なっていました。まわりには最初からその分野を志望して入学してきた学生も多く、差を感じる場面もありました。

特に大変だったのは卒業研究で、RGBの色分析をテーマに取り組みましたが、正直かなり苦戦しつつも、周囲の力を借りながら何とかやり切ったという形でした。

就職活動と営業志向

新卒では営業を目指されたのですね。就職活動はどのように進められたのですか?

当時は営業職や総合職として募集している企業に応募し、就職活動を進めていました。私が就活をしていたのは2010年卒で、ちょうどリーマンショックの影響を受けた世代です。

上の世代とは状況が違いましたか?

かなり違いました。1つ上の世代までは、厳しさはありながらも、本人の希望と企業とのマッチングの問題という印象でしたが、私たちの世代はそもそも求人数が大きく減っていました。

アルバイト先で知り合った有名大学に通っている学生でも就職活動に苦戦している様子を見ており、全体として厳しい状況だったと感じています。

理系で営業志望というのは珍しかったのでは?

はい。面接でも「なぜ理系で営業なのか」と聞かれることは多くありました。就活解禁のタイミングからエントリーを続け、履歴書を書き、選考に落ちたらまた応募するということを繰り返し、結果的に100社ほどの説明会に足を運びました。

100社ですか。かなりの数ですね。

なかなか結果が出ない時期が続きましたが、最終的には本当にギリギリのタイミングで、8月〜9月頃に2社から内定をいただき、そのうちの1社に入社しました。

途中で諦めようとは思わなかったのですか?

正直、やめるという選択肢はあまりありませんでした。続けていればどこかには入れるだろうという感覚がありました。

また、会社説明会自体も企業ごとに特徴があり、話を聞くこと自体が面白いと感じていました。このあたりの粘りは、今の仕事にもつながっているかもしれません。

キャリアと独立志向

現在の活動につながる経緯を教えてください。もともと独立志向はあったのですか?

はい。会社員として働きながら、自分の専門性を高めていきたいという思いは以前からありました。

どこに行っても通用するスキルを身につけていきたいという意識があり、その延長で、将来的に独立するという選択肢も一つの可能性として漠然と考えていました。

大きな組織の中で経験を積むことにも意義を感じていましたし、まずはしっかりと力をつけることを優先してきた、という感覚です。

営業からマーケティングへ

入社されてからはどのようなお仕事をされていたのですか?

営業職として、電話営業からスタートしました。同期の中には電話に抵抗を感じる人もいましたが、自分はあまり苦に感じることはなく、件数を重ねながら成果を出していくタイプでした。初期の段階では、比較的安定して数字を出せていたと思います。

ただ、取り組む中で、電話だけでは効率に限界があると感じるようになりました。

そこからどのように工夫されたのですか?

当時はFAXやメール配信が活用できたため、それらを組み合わせてアプローチしていました。事前に資料を送付したうえで電話をすると、会話に入りやすくなります。

また、過去に接点のあった見込み顧客に対してメール配信を行うなど、効率的に接点を増やす方法を考えること自体に面白さを感じるようになりました。

それがマーケティングにつながったのですね。

はい。こうした取り組みを行っていたこともあり、入社から1年半ほどでマーケティング部門へ異動となりました。

当時はマーケティングも業務の一部ではありましたが、どちらかというと営業を支援する立ち位置で、営業リーダー陣の指示のもと、DM配信や個別提案資料の作成、チラシや動画などの販促物の制作を担当していました。

その後、徐々にマーケティング領域の業務比重が高まり、次第にマーケティングを中心とした役割へとシフトしていきました。途中で新規事業に関わる機会もありましたが、軸としては一貫してマーケティング領域に携わってきたと感じています。

現在の活動とのつながりについてはいかがですか?

BtoBマーケティングの領域で積み上げてきた知識や経験は、自分の中で一つの強みだと感じています。

一方で、現在取り組んでいる活動については、本業を中心としながら、その延長線上で取り組んでいる側面が強く、まだ大きな事業という段階ではありません。まずは無理のない範囲で、できることから少しずつ形にしている段階です。
そうした中で、もう一つ大きなテーマとして取り組もうとしているのが、ダウン症に関する支援です。

ダウン症支援への取り組み

現在はダウン症の方やその家族を支援する活動を始められていますね?ダウン症に関する事業について聞かせてください。

ダウン症に関する取り組みを考えるようになったのは、約6年前(2020年頃)になります。きっかけは、自分の長男がダウン症で生まれたことでした。

お子さんがダウン症だとわかったのは、いつ頃だったのですか?

出産後に判明しました。出生前診断などで事前にわかるケースもあると思いますが、当時は私も妻もダウン症についての知識がほとんどなく、まったく想定していませんでした。生まれた時点でも気づかず、呼吸のバランスが良くないということで、大きな病院へ搬送されることになりました。

病院で説明があったのですね。

はい。1週間ほど経って、退院が見えてきたタイミングで、「ダウン症の可能性が高い」という説明を受けました。正直、どう受け止めればいいのかわからず、かなり戸惑いました。妻もかなり動揺していて、「育てられないかもしれない」と感じていたと思います。

その中で、自分としては「この子を自分の手で育てていくしかない」ということを、そのときに強く考えました。

そこから調べ始めたのですね。

はい。調べていく中で、療育や手当、教育の選択肢など、制度として整っている部分はあることがわかりました。一方で、それまでそういった情報をほとんど知らなかったので、一つひとつ理解していったという感覚です。

将来のことも見えてきましたか?

ある程度見えてきた一方で、最終的に社会に出たときの状況を調べると、正直なところ、想像以上に厳しい現実があると感じました。

たとえば、就労支援の現場では、月に1万円〜1万5000円程度の工賃で働くケースもあり、仕事の選択肢も決して多いとは言えないのが現状です。比較的自立度の高い方でもそうした環境にいることが多く、それ以外の場合は福祉サービスの利用が中心になるケースもあります。

また、ダウン症のある方の発達については、一般的にゆっくりとしたペースで進むと言われており、年齢に対して5歳〜7歳程度の発達段階と表現されることもあります。もちろん個人差は大きいものの、その前提で社会との接点を考えていく必要があると感じました。

制度がないというよりは、社会の構造として難しさがあると感じています。

構造的な課題ということですね。

そうですね。社会は多数派に合わせて設計されているため、その中でどう適応していくかは簡単ではありません。

お子さんの将来についてはどのように感じましたか?

最初は正直、あまり実感が持てませんでした。ただ時間が経つ中で、「この子にもできることはあるはずだ」「どうすればその可能性を広げられるのか」と考えるようになりました。

そして、自分の中で一つ考えるようになったのが、「この子が自分のもとに生まれてきたことにも、何か意味があるのではないか」ということです。もしそうだとしたら、自分がダウン症というテーマに向き合い、何らかの形で社会に対して貢献していくことも、その一つなのではないかと思うようになりました。

同時に、同じような立場のご家庭に対して、自分にできることがあるのではないかという思いも、少しずつ強くなっていきました。

活動の壁と転機

活動を始めるにあたって、壁はありましたか?

思いはあっても、すぐに形にできたわけではありませんでした。現在もフルタイムで仕事をしている中で、どうしても時間の制約があり、調べたり人の話を聞いたりという段階が長く続いていました。

一番大きかったのは、継続できる形にどう落とし込むかという点です。どうしても慈善的な活動になりやすく、収益とのバランスをどう取るかは難しいと感じていました。

その中で、少しずつ形になってきた部分もあるのでしょうか?

6年ほどかけて、ダウン症に関する理解や課題認識が自分の中で整理されてきました。その中で、「自分でも何か変えられることがあるのではないか」という思いが徐々に強くなってきています。

現時点ではまだ構想段階ではありますが、方向性としては見えてきているという感覚です。

また、ここ数年で生成AIが一気に身近なものになり、ここに大きな可能性を感じています。

AI活用・サービス構想

生成AIをどのように活用できると考えていますか?

業務の中でも生成AIはかなり活用しています。マーケティングで言うと、ターゲット選定や訴求整理、セミナー企画など、実務のほぼすべての領域で使っています。

そうした中で、「この技術はもっと別の形でも役立てられるのではないか」と感じるようになりました。

具体的にはどのようなサービスを考えていますか?

障害のある子どもが生まれたとき、親にとって一番大きいのは、「将来が具体的にイメージできない」という不安だと思います。

能力的な課題や社会の構造、ダウン症特有の特性などが重なり、「この先どうなっていくのか」が見えにくい。その状態だと、どうしても希望を持ちづらくなってしまう。

そこを、AIの力で変えられないかと考えています。

たとえば、将来「クレープの移動販売をやりたい」といった目標を設定すると、AIがそこから逆算して成長ステップを提示してくれるイメージです。

「幼少期は手先の発達を促す遊びを取り入れる」
「小学生になったら簡単な調理に触れる」
「高学年では実際に作る経験を増やす」

といったように、年齢に応じた具体的な行動レベルまで落とし込まれたロードマップが提示される形です。

将来から逆算して育成ステップをつくるということですね。

そうですね。今の教育現場では、個性を尊重する考え方が中心で、それ自体はとても大切なことだと思っています。

ただ一方で、将来の社会参加に向けた準備という観点では、積み上げが不足してしまうケースもあると感じています。

実際に、日常生活の中で少しずつ経験を積ませていくと、できることは確実に増えていきます。たとえば、うちの子も布団を畳むといったことを日常の中で繰り返しているのですが、本来の発達段階だけで判断すると難しいはずのことでも、習慣として取り入れることでできるようになっていきます。

それを仕組み化するということですね。

はい。親が子どもの夢や目標をアプリに登録すると、AIがその目標に向けたステップを提示し、日々の取り組みを記録していくことができるようにしたいと考えています。

さらに、そのプロセスを可視化・共有できるようにすることで、同じ立場のご家庭が「自分の子どももここまでできるかもしれない」と具体的にイメージできるようになると考えています。

「ここはうまくいった」「ここは難しかったから一度戻って取り組んでいる」といったリアルな情報が蓄積されていけば、これから同じ立場になるご家庭にとっても、希望や参考になるはずです。

理想としては、ダウン症とわかったタイミングで、自治体などと連携しながら自然にこの仕組みが届く状態をつくりたいと考えています。

また、実際に活躍されているダウン症の方の事例もあわせて提示することで、「こういう未来もある」というロールモデルも見える形にしたいと思っています。

実現に向けて、課題はありますか?

やるべきことはまだ多くあります。医療や療育の専門家の協力も必要ですし、実際のデータや事例の蓄積も不可欠です。システムとしてどう設計するかも、これから詰めていく段階です。

ただ、自分自身が「こういうものがあったら使いたい」と強く感じていることと、社会に対しても意味のある仕組みになる可能性があると感じています。

まずは小さく形にしながら、一緒に取り組んでいただける方や支援の輪を広げていきたいと考えています。

この取り組みが、ダウン症のある子どもとその家族にとって「将来を描ける状態」をつくる一つのきっかけになればと思っていますし、そうした状態を実際につくっていきたいと考えています。

読者へのメッセージ

最後に読者に向けて、伝えたいことはありますか?

世の中には、ダウン症に限らず、障害に関してさまざまな取り組みをされている方が多くいらっしゃいます。NPOや慈善団体として活動されている方々も含め、いずれも意義のある取り組みであり、自分だけが特別なことをしているという認識はありません。

そうした前提はありつつも、これまで会社員としてマーケティングに携わってきた経験があるからこそ、別の形で価値を提供できる可能性はあるのではないかと感じています。

こうした活動はどうしても小さな単位になりがちですが、企業や地域と連携しながら、持続的に成り立つ形を模索していくことが重要だと考えています。

もし共感していただける方がいらっしゃれば、企業の方でも、地域で活動されている方でも、ご家族の立場の方でも、ぜひ一度お話しできればうれしいです。

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『社長の履歴書』編集部
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