
今回は株式会社山田工務店代表取締役、山田耕治氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社山田工務店 |
| 代表者 | 山田 耕治 |
| 創業 | 昭和31年9月 |
| 主な事業 | 1. 新築住宅事業(HAPPY HOUSE、JUST LUCKY HOUSE、HAPPY READY BUILD) 2. リフォーム事業(はっぴいリフォーム) 3. リノベーション事業(はっぴいリノベ) 4. レンタル収納事業(はっぴいBOX24) 5. 健康事業(フィットイージー) |
| 会社所在地 | 静岡県焼津市柳新屋648-2 |
| 会社HP | https://www.happy-yamada.com/ |
| サービスサイト | https://www.happy-village.net/ |
事業紹介をお願いします
静岡県の焼津市から袋井市という限られた地域で、新築・リフォーム・リノベーションを手がけている工務店です。創業から70年、この地域で家づくりを続けてきました。
会社の構成は、リフォームの「はっぴいリフォーム」、リノベーションの「はっぴいリノベ(旧・はっぴいLDK)」、新築住宅のフルオーダー型注文住宅「HAPPY HOUSE」、セミオーダー型注文住宅「JUST LUCKY HOUSE」、分譲住宅「HAPPY READY BUILD」、レンタル収納の「はっぴいBOX24」、健康事業の「フィットイージー」と、複数のブランドを展開しています。
一番の特徴は、広く浅くではなく、狭く深く。住宅は、建てた後のメンテナンスや、建物そのものへの責任を最後まで持つことが大切な商品です。メンテナンスを通して品質保証の責任を果たす、という考え方を大事にしています。商圏を広げてしまうと、メンテナンスにも建物作りにも目が届かなくなってしまう。だから、限られた地域の中でショールームを構えながら家づくりを続けています。
リフォーム部門があるからよくわかるのですが、建てた大工さんがいなくなった、工務店がなくなった、会社がなくなった。そういうケースが本当に多いです。ご依頼いただいた方からも「どこに頼んでいいかわからなかった」という声は多いです。
うちの会社はそうなってはいけない。そして、お客様のことを考えれば、狭く深くでサービスを行き渡らせるのが工務店の品質保証責任だと考えています。コツコツと積み上げてきた結果、おかげさまで17期連続の増収を続けることができました。
貴社では「営業」ではなく「サポーター」や「アドバイザー」と呼ぶと伺いました。これにはどのような意図があるのでしょうか?
新築の担当を「サポーター」、リフォームの担当を「アドバイザー」と呼んでいます。「営業」という呼び方を使うと、社員も「営業しなくちゃいけない」と思ってしまう。だから、あえてその言葉を使わないようにしています。
お金の心配も人間関係の悩みも含めて、お客様にとって大変な買い物です。それを支えてほしい、お客様の話を聴いてよりよい住まい方を提案してほしい、という思いを込めています。
2026年は新しい取り組みにも力を入れているそうですね。どのような取り組みか教えてください
2026年5月に「HAPPY VILLAGE(ハッピービレッジ)」という体感型の住宅展示場を新築部門でオープンしました。
これまでも住宅展示場には出展してきたのですが、ハウスメーカーと比較するだけになりがちでした。大手中心の会場の中で、うちのような小さな会社が展示場に参画していることに、ずっと違和感がありました。
今回、ご縁があって藤枝市内に大きな土地をお借りできることになり、テイストの違う3棟を建て、お庭も含めて見比べていただける展示場をようやく形にすることができました。オープンにこぎつけることができて、嬉しく思っています。
また、築42年の中古住宅を買って全面的にリフォームして、それを展示場としても使っている「はっぴいリノベ」を2026年2月にオープンしました。こちらも多くの方に見ていただきたいですね。
これらの施設を使って難しい家づくりをストレス少なく進めてくれると嬉しく思います。
「HAPPY VILLAGE」について詳しくはこちらからご覧いただけます。
https://www.happy-village.net
「はっぴいリノベ」について詳しくはこちらからご覧いただけます。
https://www.happy-ldk.com/showroom/modelhouse-tokigaya
ここからは山田社長ご自身のことを教えてください。学生時代に熱中していたことなどはありましたか?
進路についてはあまり迷いがありませんでした。工務店の長男に生まれ、「跡継ぎができたね」と言われて育ち、自然と建築学科を目指すようになっていました。父も大学の建築学科に進んでほしいという気持ちを持っていたので、そのまま素直にそちらへ向かった、という感じです。
熱中したことで覚えているのは、中学1年で取得したアマチュア無線の資格です。きっかけは、近所のお兄さんがアマチュア無線をやっていたこと。機械をいじって電波を飛ばす姿が面白そうに見えて、自分もやってみたくなりました。
無線の電波はあちこちに飛んでいきます。条件が良ければオーストラリアまで届くこともあって、そういう体験を通じて、人の優しさや世界の広さを感じました。夢が広がる中学時代でしたね。中学卒業まで続けましたが、無線機など何かと費用がかかる趣味で、お小遣いが追いつかなくなって(笑)、自然と離れていきました。
高校時代はどのように過ごされていましたか?
高校時代は、一言で言えば怠け者でした。高校入学直後のテストの成績がたまたま良かったので、「これなら東京工業大学合格間違いない」と、勝手な自信を持ち、そこから一切勉強しなくなってしまって。当然、成績はどんどん下がっていって、3年間まったく勉強しないまま終えてしまいました。
ただ、跡継ぎとして建築を学びたいという志は変わらなかったので、大学受験のときは浪人して一生懸命に勉強しました。世間では職業選択に迷う方が多いと聞きますが、私の場合はそこに迷いがなかった分、恵まれていたのだと思います。
大学卒業後の進路について教えてください
社会人としての常識も身についていない状態でいきなり実家の工務店に入っても、結局は自分が大変になると思い、まずは外の企業で経験を積もうと考えました。就職先は設計事務所かゼネコンかで少し悩みましたが、ゼネコンを第一希望として就職活動を行いました。
実家が工務店なので、「家を継ぐから、近いうちに辞めるだろう」と思われて、就職活動はかなり苦労しました。それでもなんとかゼネコンに就職することができました。地元の建設会社で現場監督として、静岡県立大学薬学部棟の新築工事や岡部町庁舎の新築工事など、大小さまざまな現場を担当させていただきました。
ちょうど景気のよい時期だったこともあり、毎日のように先輩に飲みに連れていっていただいて、社会勉強をたくさんさせてもらいました。
社会人時代の経験で、現在の経営に活きているものはありますか?
たくさんありますが、中でも大きいのは「やってはいけないこと」を学べたことです。
社会人として、やってはいけないことってあるじゃないですか。それをたくさん見させていただきました。そこで身につけたものが、今の会社のルールにそのまま活きています。本当にありがたく、感謝してもしきれないと思っています。可愛がっていただいた先輩とは、今でもお付き合いが続いています。
山田工務店を継がれた経緯を教えてください
きっかけは、父が病に倒れたことでした。
倒れた直後、母と弟、そして妻と4人で家族会議を開きました。父は病院のベッドの上で、「工務店は大変だから、会社をたたみなさい」と言ったんです。
ただ、弟や妻と話をし、父が一生懸命に築いてきた会社をここで終わらせたくはありませんでした。それで、自分たちが会社を継ごうと決断し、山田工務店に入社することになりました。
「たたみなさい」と言われた背景を思うと、父も工務店を続ける中で本当に大変な時期があったのだと思います。子どもの頃は「跡継ぎができた」と喜んでくれていたわけですから、その間に考えが変わるくらいの出来事がいろいろあったのでしょう。今の自分の年齢になって、当時の父の気持ちが少しわかる気がしています。
事業を引き継いだ当初は、どんな会社にしていきたいと考えていましたか?
「継ぐからには大きな会社にする、みんなから認められる会社にする」と、漠然と考えていました。それが当時の目標でした。
ゼネコン出身ですから、私にとっての「大きな会社」とは、大きな建物を建てられる会社、大きな建物で目立てる会社というイメージです。地域の経営者と人脈を築こうと青年会議所や商工会議所に入会し、経営者と出会い、そこで大きな建物の案件を受注していく。そういうやり方で順調に進めていきました。
焼津には150号線というメインストリートがあって、当時は一番交通量の多い道でした。「この沿線から出た物件は必ず取ろう」と決めて、戦略的に受注を重ねていました。
ところが、受注から見積もり、設計、施工管理まですべてを自分一人でこなす中で、まったくやりがいを感じなかったんです。やってもただ疲れるだけ。たしかに儲かるけれど、喜びがない。「これは何か違うぞ」と、だんだん違和感が大きくなっていきました。
そこから考え方が変わる転機になった出来事はありましたか?
時を同じくして、工務店のほうの仕事もどんどん減っていきました。当時は口コミと紹介だけで年間3〜4棟の新築をやっていたのですが、それも取れなくなり、会社運営が立ち行かなくなる手前まで来ていました。
そんなときにぽつぽつと入ってきたのが、「トイレを直してくれないか」「雨漏りを止めてくれないか」といった相談でした。どこに頼んでいいかわからないようなお仕事を、お客様が持ち込んでくれるようになったんです。
当時、トイレの改修工事に代表されるリフォーム工事をしている大工は、「雪隠大工(せっちんだいく)」と呼ばれる、技術がなくて仕事のない大工さんがやる仕事だと業界では陰口で言われていました。雨漏りの工事も止められる職人が少なく、敬遠されがちな仕事でした。ところが、その工事をきちんと仕上げてお引き渡しすると、お客様がものすごく喜んでくださったんです。「本当に助かった、ありがとう」という喜びの声をたくさんいただいて、「仕事ってこういうことだよな」と心が動きました。それで、リフォーム分野に特化していこうと決めたんです。
また、「工務店」という言葉はお客様から見ると何屋なのかわかりづらい言葉でした。土木を専門にやっている工務店もあれば、建具しか扱わない工務店もある。業種の幅が広すぎて、お客様に伝わりにくかったんです。そこで「はっぴいリフォーム」と名前を変え、リフォームに特化したブランドとして出直すことにしました。「ありがとう」という言葉や、信頼と信用の手応えを感じながら進めていけた、その経験が転機となりました。
リフォームに特化してからは、事業の形も大きく変わっていったのではないでしょうか?
はい。まず変わったのは、マーケティングです。口コミだけではいつまでも広がっていかないので、チラシを作り、文章を磨いていきました。
次に仕事を回す人手が足りなくなってくる。そこで人材募集です。当時は採用もチラシの延長で進めていたので、集まってくるのは建築の素人ばかり。お客様から「俺のほうがよく知ってるよ」「わかるやつ連れてこい」とよく言われたものです(笑)。
それでも建築のプロと同じクオリティの仕事を提供しなければなりませんから、必要になるのは仕組みづくりです。仕組みが整ってくると若い社員も入ってくる。すると今度は、教育が課題になります。教育が行き届いていないとお客様に失礼があるし、思いがそろっていないとすぐに辞めていってしまう。定着率の問題です。
会社がもう一回り大きくなってからは、ミッションやクレドといった、より上位の考え方を整えていきました。「なぜ仕事をやるのか」「仕事を通じてどう成長するのか」を全員に示しながら、ここまで歩んできた、という流れです。
継いだ当初は「大きな会社にしたい」と考えていたとのことでしたが、今の経営スタイルはどのように生まれたのでしょうか?
目の前のお客様に丁寧に応えていった結果、自然とこの形になった、という感覚に近いですね。
私が注力したのは「誰の役に立つか」「ありがとうをどれだけ集められるか」です。今でもアンケートでお客様の声をたくさん集めていて、先日も名指しで社員を褒めてくださるご感想をいただいたときには、みんなの前で発表しました。
会社というのは、ある程度の規模になると「公の器」になっていくと私は捉えています。お客様に喜ばれて、人柄のよい社員を集め、十分に教育をして、同じ方向を向いて、信頼と信用を伴う安定したサービスを提供する。そうやって街づくりに貢献して、地域に信頼関係が醸成されていく。そういうお役に立てる会社を目指しています。
お話の端々から、社員を大切にする姿勢が伝わってきます。社員に対して心がけていることがあれば教えてください
社員自身が大切にされている実感がないと、社員もお客様を大切にできません。社員を徹底的に大事にすることで、社員がお客様を大事にしてくれる。私はそう信じています。
「大事にされた感」の感じ方は人それぞれなので、すべてが伝わるとは限りません。それでも取り組んでいることとして、例えば評価制度があります。感覚や気分で評価する「鉛筆なめなめ」ではなく、きちんと基準のある評価制度にしています。また、毎月の決算も社員に発表しています。
さらに、親睦の機会として社員研修旅行も大切にし、先日もみんなで北海道に行ってきました。体験を通じた教育の場として機能しています。学びの面では、社内独自の用語集を使った「ベクトル勉強会」を私が主催して解説しています。また、「経営計画書」を使った勉強会も続けています。
経営計画書とは、どのようなものですか?
ミッション・クレドや長期事業構想、経営方針、環境整備に関する方針、お客様に関する方針など、全部で200ページほどにまとめた冊子です。これを毎朝みんなで読んで、考え方をそろえてからお客様に向き合うようにしています。1対1で丁寧に伝えていくことで、社員にもお客様を大事にしてもらいたいという思いから、10年ほど前に始めました。
経営計画書を始めたきっかけは、ある方から伺った仏教とキリスト教の話でした。仏教にはありがたい教典があるのですが、経典としては巻物になっていてなかなか手に取れない。一方、キリスト教には聖書があって、いつでもどこでも開ける。キリスト教の信者数が多いのも経典としていつでも見ることができるからです。「いつでもどこでも考えが示せる形になっていないと、人には伝わらない」と聞いて、確かにそうだと納得し、冊子の形にして配るようにしたんです。
最初は私一人で作成していましたが、今は幹部が見直しに加わっています。時代に合わなくなった部分や廃止した取り組みは削除しながら毎年アップデートしているので、常に最新版が手元にある状態を保っています。
経営者として、これまで一番苦労されたことを教えてください
いろいろありますが、印象に強く残っているのはリフォーム事業の難しさです。
リフォームの仕事は、世の中から軽く見られがちです。代金を払っていただけない方もいて、ごねて支払いを渋るケースもあります。裁判になったり、つらい思いをしたこともありました。
そこから、着工前にあり得るデメリットや材料ごとの特性をすべて事前にお伝えする形に改めました。「この工事にはこういう注意点があります」「この材料を使うと、この場合はこうなります」と、納得していただいたうえで進める流れを徹底しています。これが業務改善の大きな転換点でした。
支払いについても、着工時に代金の7割をいただくルールにしたことで未払いトラブルはほとんどなくなりました。「着工時に払いたくない」という方には、ご縁がなかったとお断りしています。実際、過去にごねて支払わなかった方々は、振り返るとみなさん着手金を払ってくださっていなかったんです。
自社を守るためにも、今はこのルールにしてよかったと思っています。
まもなく創業70周年を迎えられます。今後の展望を聞かせてください
70周年に向けて、「何か記念になる取り組みをやりたいね」と、現在社内で議論しているところです。具体的な内容はまだ固まっていないのでここではお話しできませんが、単なるパーティーや感謝の集いではなく、100年に向けて続けていける何かを残したいと思い、7つのプロジェクトで準備を進めています。
これからも、お客様に幸せを届けるという原点を守りながら、安心してバトンを渡せる会社であり続けたい。住宅は思いの「重み」が大切ですから、その重みを大事にしながら、地域に役立てる会社、どこに頼んでいいかわからないような仕事や、技術力の必要な仕事に挑戦し続けていきたいと考えています。
「社長の履歴書」の読者の方へメッセージをお願いします
私は、住宅に関わる仕事は、とてもよい仕事だと思っています。「マーケットが縮小している」「住宅不況だ」「職人さんが減っているから大変」と言われがちで、そう感じている方も多いと思います。しかし大丈夫です。私の実感では、お客様から「ありがとう」をいただくことができ、共に歩む手応えを得られる、本当によい仕事です。「難しい」「大変だ」と言っている方が多いのも事実ですが、うまくいっている会社もたくさんある。それがこの業界の実情だと感じています。
「社長の履歴書」というメディアでは、大変なことを乗り越えるストーリーが期待されているのかもしれませんが(笑)、私からはむしろ、大変なことを乗り越えた後、感謝される仕事の「重み」をお伝えしたいです。1件あたり5,000万、6,000万円というお買い物に関わらせていただける重み。1棟お引き渡しすると、20年、30年、40年とお付き合いが続く重み。そういう体験ができる仕事は、なかなかありません。「重み」があるだけに「難しい」「大変だ」も大きいのです。
「建築学科を出ていないと入れない」と思われがちですが、当社の社員のほとんどは建築学科の出身ではありません。社会人になってから建築を学び、第一線で活躍しています。この記事をご覧の方の中に、就職や転職を考えている方、進路に悩んでいる学生の方がいれば、ぜひ安心して建設業界に、そして当社にも応募していただけたら嬉しいです。また、たゆまぬ努力を続けている多くの経営者の皆さまとは、切磋琢磨できる機会を頂き、いつかどこかでよいお仕事ができる機会があれば嬉しく思います。
印象に残っているお客様の声があれば教えてください
ぜひ1つ紹介させてください。建築を学んでいないスタッフがリフォームアドバイザーとして担当した案件です。
大満足です。キッチンとフローリングのリフォームでした。担当のAさんが、初めから最後まで実に丁寧に親切にやってくださいました。各業者さんも完璧な仕上がり。プロの仕事を感じました。価格のほどはわかりませんが、Aさんに任せようと思いました。これが信用というものです。やってよかった。その一言です。社長さんもAさんを褒めてあげてね。
「褒めてあげてね」と書いてくださったので、もちろんみんなの前でしっかり褒めました(笑)。こういうやり取りがある業界です。
最後に、おすすめの本を教えてください
おすすめの書籍はスティーブン・R・コヴィーの『7つの習慣』ですね。今も愛読しています。
それから、書籍ではないのですが、社員研修や社員旅行のバスの中で繰り返し観ているDVDを紹介させてください。『てんびんの詩』という作品です。近江商人を題材にした物語で、一人の少年が鍋蓋を売りに歩きます。最後はみんなが感極まって泣いてしまう作品で、商売の原点がここに詰まっています。どちらも本当に素晴らしい作品ですので、ぜひご覧いただきたいですね。
『7つの習慣 人格主義の回復』スティーブン・R.コヴィー(著)、フランクリン・コヴィー・ジャパン(翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4863940246/
『てんびんの詩』竹本幸之祐(制作)
https://tenbinnouta.ciao.jp
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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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