株式会社ボールド 澤田氏

今回は株式会社ボールド代表取締役社長、澤田 敏氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称株式会社ボールド
代表者澤田 敏
設立2003年4月16日
主な事業Network・ServerSystem設計・構築・管理・運用保守
Web系・オープン系・汎用系各種System・Application企画開発
ITコンサルティングサービス
ITエンジニア派遣事業・一般・紹介予定派遣事業
社員数1,250名(取材時)
会社所在地東京都港区赤坂4-2-6 住友不動産新赤坂ビル4階
会社HPhttps://www.bold.ne.jp/

御社の事業内容と、他社との違いや強みについて教えてください

事業内容はSES(SEサービス)、いわゆるITエンジニアの派遣事業です。

IT業界の構造は、建築業界をモデルに作られていて、大手ゼネコンがビルの施工を請け負いながら、実際には足場・内装・設備など多様な業者が現場に集まって建てるように、IT業界も富士通・日立・IBM・NECといった大手がプロジェクト全体を管理し、実際の作業は多くのエンジニアが分担します。全国に何万ものプロジェクトが動いている中で、私たちのエンジニアはその現場に参画していくわけです。

SESにもさまざまな形態がありますが、弊社は正社員のみで構成しています。現在の社員数は約1,250名。そして私たちが最も大切にしているのが、「プレミアムSES®」というコンセプトです。これは商標登録を取得し、現在ブランディングを進めています。

弊社の最大の特徴は、ITの会社でありながら、おそらく日本一勤勉な会社だということです。その証拠に、年間で取得するIT資格の数が1,000個を超えています。これほどの資格を1年間で取得している会社は、日本中を探しても他にないでしょう。

ではなぜ、それほどの資格取得が実現できるのか。そこには私自身の原体験があります。

私はもともとエンジニアではなく、求人広告の代理店で営業をしていました。学歴は高くありませんでしたが、全国1位の営業マンを3年連続で達成しました。その経験の中で、あることに気づきました。

学生時代はテストの日、試合の日、発表会の日など、すべてに「期限付きの目標」があります。その期限から逆算して計画を立て、毎日の練習量や勉強量をこなすのが当たり前でした。ところが社会人になると、そういう考え方で仕事をしている人がほとんどいない。1年後・3年後の自分のために逆算して努力を続けている人は、全体の2割にも満たないのです。これがいわゆる、集団においてパフォーマンスや意欲が「上位2割・中位6割・下位2割」に分かれるという「2:6:2の法則」です。

会社を立ち上げたとき、私はその中位・下位8割の社員に「人生の勝ち方」を教えたいと思いました。ただ、経営者が口で言っても伝わらない。だから、本人が意識しないうちに自然と努力できる仕組みを、意図的に設計していきました。

その仕組みの中心にあるのが、毎月開催する「BOLDay」という全社員の集会です。IT業界では、社員がそれぞれ別の現場に散らばって働くため、自分の会社への帰属意識が生まれにくい構造があります。これは弊社に限らず、業界全体の課題です。そこで弊社では、東京で月に約1,000名、大阪で約200名が集まるBOLDayを開催し、毎回6人1テーブルで参加者をシャッフルして行います。毎月違う仲間と出会い、ディスカッションを重ねることで、自然と社内のつながりが広がっていく。また現在、社内の部活動は60を超えており、毎週どこかで社員が集まっています。これも意図的に育ててきた文化です。

仲間ができると、仕事後の勉強会にも人が集まるようになります。弊社では「感動大学®」という夜間の技術勉強会を開催していますが、集まらないと予想したので、本社社員たちに「1授業につき最低10名を集めること」を課し、徹底的に声がけをさせました。

会議室を開けたときに3人しかいなければ、誰もやる気をなくします。10人いれば「自分も一緒に頑張ろう!」という気持ちになる。これは日本人の集団心理を利用した仕掛けです。今では1つの授業に平均40〜50名が集まり、最大250名が参加したこともあります。

仲間を作り、勉強できる文化を整えたうえで、もう一つ大きな柱になっているのが「絶対評価制度」です。ほとんどの会社は相対評価ですが、弊社では何点を取れば給料がいくら上がるかが明確に数値化されています。ゴールが見えていれば、人は驚くほど頑張れる。全額会社負担の勉強会と絶対評価制度が組み合わさることで、年間1,000個という資格取得数が生まれているのです。

さらに、入社した全員に専任コーチが1対1でつく「コーチ制度」もあります。学生時代は先生や監督が傍らで伴走してくれましたが、社会人になるとそういった存在がいなくなります。コーチは目標の立て方から現場での悩み、プライベートな時間の使い方まで、一緒に考えてくれる存在です。

こうした取り組みの積み重ねが、弊社が「プレミアムSES®」と名乗る理由です。ただITエンジニアを派遣するのではなく、社員一人ひとりの成長に本気で向き合う会社であること――それが最大の強みだと思っています。

弊社の事業の詳細についてはこちらをご覧ください。
https://www.bold.ne.jp

ここからは澤田社長ご自身のことについてお伺いします。学生時代に打ち込んでいたことはありますか?

小学生から高校までサッカーを続けていましたが、大会で目立った成績を残したとか、選抜に選ばれたとか、そういった話は特にありません。

改めて振り返ると、一番熱中していたのは「場を仕切ること」だったと思います。

転機になったのは中学2年のときです。授業中に先生が来られなくなり、クラスが自習になったとき、周りから「何かやれ」という雰囲気になりました。私はもともと人の動きや話し方をよく観察していて、身近な人のものまねが得意でした。芸能人のものまねよりも、先生や周りの人のものまねのほうがずっとうまかったんです。最初は乗り気ではなかったのですが、思い切ってやってみたら、クラス全員が大爆笑になりました。その瞬間の感覚が忘れられなくて、ジェットコースターよりもゾクゾクするような快感でした。それからは、どうすれば人を笑わせられるかということばかり考えるようになりました。

笑いを取るのは本当に難しいことです。一時は芸人になろうかと本気で考えたくらいです。声の出し方、間の取り方、タイミング――そういったことをひたすら研究しているうちに、人の表情や動きが自然と細かく目に入るようになっていきました。

その感覚は今も変わっていません。200人規模のイベントで司会を依頼されることもあるのですが、一番奥で小声で話している人まで全部見えています。自分で言うのも何ですが、司会は本当に得意で、上場企業含め多くの社長様から評判をいただいており、今でも年間3〜4件はイベントの司会を依頼されます。

人をよく見て、場の空気を読む力。学生時代にそれを無意識のうちに磨いていたのだと、今になって思います。

株式会社ボールドを立ち上げるまでの、これまでのご経歴を教えてください

最初は大阪のとある会社に入りました。ただ、自身の適性や強みを最大限に活かせる環境との間にギャップを感じ、2ヶ月ほどで辞めてしまいました。当時は服が大好きで、その購入でローンを組みまくっていたので、じっくり転職活動をする余裕もなく、しばらくはアルバイトのような営業の仕事でなんとかしのいでいました。

そこからリクルートの代理店である株式会社クイックに契約社員のような形で入り、5年間で全国1位の営業マンに3回なりました。

独立・起業を考えて、1年ほど個人でお店のプロデュースのような仕事をしていましたが、報酬もきちんと払ってもらえない状況が続き、行き詰まっていました。そんなとき、クイック時代にお世話になっていた社長へ正月の挨拶に行ったところ、「東京で新しい媒体を立ち上げるから来ないか」と声をかけてもらいました。社員ではなく個人契約という形でしたが、思い切って東京に出ることにしました。

クイックの個人代理店のような仕事を1年半ほど続けましたが、その媒体が終了。大阪に戻るという選択肢は意地でも取りたくなかったので、今度は個人コンサルのような仕事を半年ほどやりました。ただ、個人を雇うクライアントというのはたいてい経営がうまくいっていないケースで、ここも先が見えない状況でした。

そんなとき、大阪時代からお世話になっていた親方のような方から連絡が入りました。別の人の起業を支援していたものの1年も持たずに撤退してしまい、2年契約で借りていた事務所が空いているから使わないかという話でした。ちょうど30歳のときです。その事務所を拠点に、今の事業をスタートさせました。最初は取引先との兼ね合いで、その会社の東京営業所長という肩書きを借りていましたが、実態はフリーランスに近い形でした。

そこから5年間で事業が軌道に乗り、株式会社ボールドを設立しました。

これまでの経験の中で、「この経験があったから今の自分がいる」と思えるエピソードはありますか?

振り返ってみると、東京に来てもう30年以上になります。いろいろあったはずなのに、慣れてしまっているのか、特別強烈な出来事という感覚があまりないんですよね。ただ、一貫して言えるのは「人」が今の自分をつくっているということです。クイックの会長にしても、大阪の親方にしても、人とのご縁がいつもチャンスをくれました。

会社を作ってからの話でいうと、一番大きな転機は2014年に新卒一期生を採用したことです。

それまでの11年間、売上は少しずつ伸びてはいたものの、6億円台での低空飛行が続いていました。周りの知り合いの会社がどんどん上場していくのを横目に、自分の会社はなぜ伸びないんだろうとずっと悩んでいました。

当時は営業も人事もすべて中途採用で回していたのですが、あることに気づきました。即戦力として入社する中途採用の方は『自分の過去の経験・スキルで会社に貢献したい』という高い意欲を持ってくれています。しかし当時の弊社のような少人数の環境では、過去の領域の枠を超えて、泥臭く何でもこなす柔軟性が求められました。完成された組織での洗練されたやり方が、そのまま当時の弊社のフェーズにフィットするわけではなく、お互いの期待値にギャップが生じることが多かったのです。

だったら新卒を採用しようと思ったのですが、もう一つ問題がありました。中途採用ばかりの職場に新卒を入れると、周りの先輩が「そこまでやらなくていいよ」と無意識にブレーキをかけてしまうんです。新卒の伸びしろを潰してしまう構造になっていたわけです。

悩みに悩んだ末、あるとき全員を集めてこう宣言しました。「俺は明日から朝から晩まで狂ったように働く。この低空飛行のままではみんなを幸せにできない。だから圧倒的に伸びる会社にする。ただ、無理強いはしたくないから、ついてこられない人はよく考えてほしい」と。

1年後、新卒一期生が入る2014年4月に残っていたのは、人事の女性1人と営業の男性1人のたった2人でした。退職をする人もみんないい人たちで、揉めることなく引き継ぎもしてくれましたし、退職金もきちんと払いました。

そこに、元レインズインターナショナルで常務まで登り詰めた経歴を持つ現役員の福井が加わり、社会人5人と新卒5人の合計10人体制で第2創業期がスタートしました。

それから12年。売上は6億7,000万円から106億円へ、エンジニアは80人から1,200人へと成長しました。

あのとき、一か八かで全員に宣言したこと。これが今のボールドを作った、一番大きな転機だったと思っています。

今後の展望について教えてください

エンジニアの世界には、マネジメントよりも技術を突き詰めて生きていきたいという人がたくさんいます。一人親方の大工さんや寿司職人さんのようなイメージです。でも今の多くの会社では、出世するにはマネジメント能力が必要で、技術一本では評価されにくい構造になっています。

弊社は「生涯現役エンジニアカンパニー」を掲げていますが、その言葉を形にするために、昨年から社内の部署を3つに分けました。マネジメントを担う部署、技術を突き詰める「ボールド研究所」、そしてエンジニアの教育を担う「ボールドアカデミー」です。

「ボールド研究所」は、マネジメントが苦手でも技術力で評価される部署です。AIをはじめとした最先端技術をどんどん学べる環境を整えていて、技術力が上がれば役職もつくし、給料も上がります。こういう仕組みを持っている会社は、まだほとんどないと思います。

「ボールドアカデミー」が生まれたきっかけは、毎月24本開催している社内の技術勉強会です。先輩が後輩に教えるスタイルで続けているうちに、「教えること自体が好きになっているメンバーが増えてきた」と気づきました。それなら、その力をもっと伸ばしてあげたいと思ったのが始まりです。

このアカデミーでは、本物の「教え方のプロ」を育てていきます。アメリカで教育の専門的な手法を学んだ方を顧問に迎え、仕事終わりにカリキュラムを進めています。この手法を身につけた人は日本にまだ60〜70人しかいない、非常に希少な存在です。技術を教えることでもキャリアアップできる道を、きちんと作っていきたいと考えています。

「ボールド研究所」も「ボールドアカデミー」も、将来的には社外への展開、つまり事業化を見据えています。マネジメントが得意でなくても、「技術を極める」か「教えるプロになる」か、自分に合った形でキャリアを築ける会社にしていく。それが今一番力を入れている展望です。

「社長の履歴書」の読者でもある経営者の方へ、一言アドバイスをいただけますか?

大層なアドバイスができる立場では全然ないですし、私よりもずっと大きな会社を経営されている方もたくさんいます。ただ一つだけ言えるとしたら、「諦めずにやれば、何歳からでもできる」ということは、自分自身で証明できたかなと思っています。

昨年、従業員が1,000人を超え、売上も100億円を超えました。自分の中でも一つの節目だと感じたので、Facebookに投稿しました。そこにこう書いたんです。「学歴もない劣等生の自分でも、諦めずにやり続けたら100億を超えることができた。だからできない理由なんて一つもない。誰でも頑張ればできる」と。

その投稿を見た後輩の経営者たちが、「勇気をもらった」「頑張ります」と声をかけてくれました。やっぱりそこが一番響いたんだと思います。

しかも私が「よし、やるぞ」と決意したのは46歳のときです。46歳からスタートして、6億7,000万円だった会社が106億円になったわけですから、何歳からでも遅くはない。本当に、やればできるんです。

最後に、経営者におすすめの本を一冊教えてください

正直に言うと、私は本が大の苦手なんです。集中力が続かないし、読んでいると眠くなってしまう。それに、自己啓発本はどれも結局似たようなことが書いてあるな、と感じてしまって。

その分、本を読む代わりに人に会いに行くようにしています。本にはいいことしか書いていませんが、人に直接会うとリアルな話がたくさん聞ける。そちらのほうが自分には合っているんです。

そんな私が一冊挙げるとしたら、元ワークスアプリケーションズ代表の牧野正幸さんが書かれた『「働きがい」なんて求めるな。』です。

牧野さんはこの20年ほどで私が最も影響を受けた人物の一人です。この本の面白いところは、きれいごとを言わないところです。「最初から立派な理念があって起業しました」という話は、ほとんどの場合、後付けだと牧野さんははっきり言っています。私自身もそうで、ボールドを始めた頃の動機は「お金を稼ぎたい、大きな会社の社長になりたい」というシンプルなものでした。立派な理念は、やっているうちに育っていくものだと思っています。

この本が伝えているのは、「働きがいは誰かに与えてもらうものではなく、自分で作っていくものだ」ということです。受け身でいるだけでは成長も出世もできない、という考え方は、私がずっと社員に伝えてきたこととまったく同じです。経営者の方にぜひ読んでほしい一冊です。

『「働きがい」なんて求めるな。』牧野正幸(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4822248208/

澤田社長ご自身の著書についても紹介させていただきます

他社には真似できないボールド独自の評価制度や、唯一無二のコーチ制度、「感動大学」「技術勉強会」といった社員のスキルアップのための独特な学びの場など、求職者を惹きつけてやまないボールド特有の数々の取り組みが紹介された、経営者や人事担当者必見の著書です。

ぜひご覧ください。

『変革 IT業界に革命を起こすボールドの秘密』
澤田 敏(著)/ゴマブックス/2021年6月2日発行
https://www.amazon.co.jp/dp/4814922477

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

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