今回は株式会社バトンズ代表、神瀬 悠一氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称株式会社バトンズ
代表者神瀬 悠一
設立2018年4月
主な事業M&A総合プラットフォーム「BATONZ」の企画・開発・運用
人材紹介サービス「LANNERZ」の企画・開発・運営
社員数127名(取材時)
会社所在地東京都中央区築地3-12-5 +SHIFT TSUKIJI 5階
会社HPhttps://batonz.jp/
M&A専門誌「M&A NewStage」 https://batonz.jp/lp/ma-newstage/
M&Aプラットフォーム「バトンズ」公式チャンネル http://www.youtube.com/@batonz_official

事業内容のご紹介をお願いします

当社は創業時から「誰でも、何処でも、簡単に、自由にM&Aができる社会を実現する。」というビジョンを掲げ事業を展開してきました。

従来、M&Aというと大企業など限られた経営者しか選択できないものでした。中堅企業・中小企業や、飲食店1店舗のような街に愛されている事業者の方々を支援する場がつくれていなかった面があります。そうした背景がある中で、私たちは「小さい会社がM&Aを選択できるサービスを作る」ことを、いわば1丁目1番地として取り組んできました。

一方で、いまバトンズが支援している範囲は当初よりも広がっています。たとえば、スタートアップで5年間社長を務め、会社をある程度伸ばした上で「この先は誰かに譲って、自分は次の挑戦に進みたい」という方のM&Aも増えてきました。いわゆるシリアルアントレプレナーがM&Aを選択するケースです。

M&A案件の規模についても、創業期に多かったのは飲食店などの店舗型で数百万円〜数千万円規模のものが中心でしたが、最近では数十億円規模のM&Aを支援するケースも出てきています。年商数百万円の店舗の引き継ぎ、若い方のスタートアップM&A、そして上場企業など大手企業が戦略的に行なうM&Aまで、幅広く支援ができるようになってきました。ビジョンの「誰でも」に込めた思いを、支援領域の拡張という形でも体現してきたのが現在のバトンズの姿です。

事業の魅力として、読者にもっと知ってほしいポイントはどこにありますか?

バトンズは「小さいM&Aをインターネットでやっている」というイメージで語られることが多かったと思います。もちろん、そのスタートは事実としてありますし、そこは私たちが大事にしてきた領域でもあります。

しかし、最近は「総合型」になってきています。

イメージがしやすいところだと、部屋探しをするためにサイトを見たときに、学生向けのアパートしか載っていないサービスと、地方の物件も都心のマンションも載っている総合的なサービスでは受け止め方が違いますよね。バトンズもいま、M&A業界における総合型のプラットフォームのような存在になってきています。

年商数百万円の店舗型の事業承継から、若い起業家の次の挑戦につながるM&A、そして上場企業による戦略的M&Aまで、幅広い支援が可能になっていることが、今のバトンズの姿として伝わりきっていない魅力だと思っています。

バトンズの強みを教えてください

当社の事業はインターネットのプラットフォームが基盤にあります。住宅を探す際に足で回るよりもサイトで探したほうが生産性が上がるのと同じで、プラットフォームを通じて、日本全国にマッチングの機会があることは、創業時からの強みです。

一方で、バトンズはそれだけではありません。

M&Aを進めるうえではプロの支援が必要な場面が出てきますが、そうしたところを人が担い、テクノロジーと組み合わせてサービスとして提供しています。
結果として、インターネットの強みであるスピードや広がりと、人の伴走による支援を両立させる形にしてきた点が当社の大きな強みとなっています。

M&Aは成約後も大切だと思います。売る側、買う側の将来を見据えた支援について、どのようにお考えなのでしょうか?

M&Aに携わるうえで「成約したら終わりではなく、その後が大切」という観点を持つのはとても重要なことです。

そのため、当社では成約後にトラブルにならないようなセーフティーネットを作ろうと考え、東京海上日動火災保険株式会社と連携した表明保証保険「M&A BATONZ」や、小規模な案件でもデューデリジェンスができる「バトンズDD」などM&Aにおける不安やリスクに対してトータルサポートができるサービスを整えてきました。

言った・言わない、知らなかった、ということが起きないようにする。その前提を整えることは、誰でもM&Aができる社会を目指すうえで欠かせないと考えています。成約のその後まで見据えるという観点は、私たちが体現していきたい部分です。

YouTubeの企画で「After BATONZ」を始めたきっかけを教えてください

「After BATONZ」を始めた理由は、M&Aはゴールではなくスタートだという考え方にあります。実際、M&Aをやった後はどうなるのか、ということを知れる機会が世の中にあまりないと感じており、これを身近に感じられる機会が必要だと思いました。世の中には、M&Aで調べると「何億で売却できました」といったように金額にフォーカスしたコンテンツが多い印象があります。一方で、私たちが伝えたいのはM&Aをした後の企業や経営者がどのような道のりで成功したのか、という姿です。そこで、M&Aのその後にフォーカスし等身大の言葉を伝えるドキュメンタリーを届けたいと思い、After BATONZを立ち上げました。

M&A専門誌「M&A NewStage」についても、取り組みの狙いを教えてください

専門誌についても先ほどお伝えした考え方と似ています。M&Aが広がってきているとはいえ、経営者の方々からすると実際に何に気をつければいいのか、どんな方が活躍しているのか、という情報が十分に整理されていない面があると感じており、業界をしっかり捉えたコンテンツが少なかった、という問題意識を持っていました。

デジタル全盛の時代に雑誌という形は一見すると逆行しているように見えるかもしれませんが、情報が氾濫している時代だからこそ、クオリティの高い内容をぎゅっとまとめて届けることに意味があると考えています。

当社の取り組みの詳細は、各URLをご参照ください。

M&Aプラットフォーム「バトンズ」公式チャンネル

http://www.youtube.com/@batonz_official

M&A専門誌「M&A NewStage」

https://batonz.jp/lp/ma-newstage

ここからは神瀬社長のことをお聞かせください。学生時代に打ち込んだことはありますか?

小学生の頃は6年間リトルリーグで野球をしていました。強いチームでしたが、鬼コーチからの厳しい指導があり、涙を流しながらやっていた記憶もあります。その反動もあって、中学・高校ではバスケットボールに転向しました。『スラムダンク』が好きだったのも、バスケを始めた理由の1つです。

また、高校生の頃に音楽が好きになり、大学時代にはバンドを組んで下北沢で活動していました。思いかえすと、受験勉強の時期でも1日の中でギターを触っている時間のほうが長かったですね。自分の中では、野球、バスケ、ギター・バンドというのが、社会に出るまでの中心だったと思います。

学生時代、将来のキャリアをどう考えていましたか?

当時は経営者になりたいとか、こういう仕事に就きたいとか、そういうことはあまり意識していなかったと思います。目の前にあるやりたいことに全力を注いでいたので、社会に出て何をしたいかを強く考えた記憶はありませんでした。

どのように就職活動をされていましたか?

私が就職活動をしていた頃はインターネットで情報収集をするのではなく、家に大量のDMが届く時代でした。早稲田大学の情報系の学部だったのでIT系やSIerの会社の案内が多く届いていましたが、段ボール3箱分ほど届いたため、流石に全てを熟読はできないと思い、まずは直感で合いそうな企業を選び業界研究を進めていきました。

そして興味のあった数社を受けた結果、最初に内定をくださった当時の日本ユニシス(現、BIPROGY)に入社することを決めました。

日本ユニシスで働かれていたなかで、今につながる転機となった出来事はありますか?

日本ユニシスに在職中の5年ほどの間に大きく2つの仕事を経験しました。

最初の1〜2年は、製造業向けのCAD/CAMのようなパッケージのシステム開発をする仕事をしていました。その後、3年目くらいからは、電力系の通信事業者のシステム開発のプロジェクトに携わりました。インターネットでコンテンツを配信するような、当時としては先進的な取り組みのシステム開発です。

その中で、ターニングポイントだったと思うのは、3年目くらいに議事録担当をしていた時に、顧客企業の部長さんから「会議の議事録があって、いつも助かっている」と声をかけていただいたことです。尊敬していた方からそう言われたことで、「もっと良い議事録を作りたい」と思うようになりました。

それまでは、言われたことを必死にこなすだけ、いわば“マスト”で動いている状態でしたが、「こうしたい」「ああしたい」という“ウィル”が芽生え、仕事に対する視点が変わるきっかけになりました。

その延長で、議事録の中身だけでなく、資料のホチキスをどこに打つと見やすいか、綴じ方はどうするか、といった細部にまでこだわるようになりました。「どんな仕事でも付加価値をつけられる」と感じた経験でもあります。

エンジニアからコンサルタントへ転身した理由を教えてください

システムを言われた通りに作っているうちに、段々と「なぜこのシステムが必要なのか」「このシステムが会社の利益にどうつながるのか」といったことが気になるようになったからです。

経営者がシステムに何を期待しているのか、もう少し上流のレイヤーで経営戦略や意思決定のフェーズに関わりたいと考え、縁があったNTTデータ経営研究所に転職しコンサルタントとして働くことになりました。

コンサルタントの仕事ではどのような経験をされましたか?

NTTデータ経営研究所に在職していた6〜7年間で90〜100件のプロジェクトを経験しましたが、案件のテーマは例えば「コンタクトセンターの生産性を上げたい」といった抽象度が高いものばかりでした。

現状のデータを見に行き、現場の声を聞きながら課題を特定してプランニングしていきますが、難しい問いに向き合いそれを突破していく楽しさや、経営者の方に「こうすると良くなりそうだ」と気づきを提供できる面白さがありました。

エンジニア時代に情報を整理して結論を導くことに面白さを感じた経験はそのまま活きたことから、コンサルタントは0からの挑戦でもありましたが、延長線でもあったという感覚です。

その後リクルートへ転職した経緯を教えてください

コンサルタントの仕事をするなかで、段々と「事業をやりたい」と思うようになったからです。

アドバイザリー業務だけではなく、実際に売上を作りに行く苦労や、事業を成長させ続けることに関心が湧いたことから、リクルートに転職しました。

リクルートでご経験されたことで、今に活きていることを教えてください

リクルートでの経験は非常に多くの学びがありました。グループ長から始まり、最後は執行役員まで経験し、300人規模のメンバーと同じ目標を追いかけることもありましたが、その過程でビジネスモデルを磨き続ける力もついたと思います。

特に、組織をどう作るか、人と一緒に働く中でどうすれば最大の力を発揮してもらえるか、という組織マネジメント、人材マネジメントの考え方ややり方は、リクルートの文化や仕組みの中で学びました。

たとえば、会社の計画や方針をキックオフで伝える際の「伝え方へのこだわり」や、その後も継続的に目標の意味を伝え続ける会議やフィードバックの仕組み。さらに、当事者意識を促し、半年前の自分より成長したいと思わせるための人事制度や評価の仕方など、制度面も含めて、工夫が組み込まれていました。
人の心理を捉え、動機づけや起業家マインドの醸成を科学的に考える、という要素が日々の組織運営にも落ちていますし、そういったエッセンスが自分の中に残っていると感じています。

M&Aに出会ったきっかけ、そしてバトンズ参画の経緯を教えてください

リクルートは海外のM&Aも行う会社なので、大企業のM&Aの事例には触れていました。それもあって、当時はM&Aは大企業がやるものだと思っていました。

一方で、中小企業や小さい会社にもM&Aが必要で、実際にできるということを知ったのはバトンズの立ち上げメンバーと出会ったことがきっかけです。アメリカではM&Aプラットフォームがあることは知っていましたが、話を聞く中で「日本でもM&Aプラットフォームの活用、小さい会社のM&Aが当たり前の時代になっていく」と確信しました。

そして2019年にバトンズへ参画しました。参画当時、代表になりたいという志向があったわけではなく、この事業を大きくし、社会的に意味のあることとして頑張ろう、という意欲が中心でした。結果として、前代表から「やってほしい」と話が来た時に、お受けする形で代表に就任しました。

実際にM&Aを支援して、強く印象に残っている出来事はありますか?

バトンズに参画後、自分自身がM&Aの支援に関わった経験のなかで、非常に印象に残っているものがあります。

それは、リフォーム業をされていた70代後半の経営者のM&Aを支援した時のことです。無事成約した時に涙目で喜んでくださって、「死ぬまで神瀬くんの名前を忘れない」と仰ってくださいました。

その時に思ったのは、これまで20年近く仕事をしてきた中で「名前を忘れない」と言われたことがあっただろうか、ということです。M&Aは経営者の人生の大きな節目であり、重みのある出来事ですが、支援する私も「かけがえのない仕事だ」と強く感じました。

この経験を通じて、M&Aという選択肢を日本でもっと広げていく意義を実感として持つことができました。

代表就任前後で、業務内容や視座の変化はありましたか?

代表になる前も後も業務自体は大きく変わっていません。代表就任当時はまだ50人もいない企業でしたので、この会社のビジネスモデルをさらに良くしてお客様に喜んでもらえるものにするために、全力で仕事に向き合ってきました。就任後もいきなり人数が増えたということではないため、業務としては大きく変わった感覚はありません。

一方で、唯一明確に変わったのは責任感の質です。取締役の時から当事者意識はありましたが、代表になった時に「自分の器、自分の一挙手一投足、自分がどれだけ成長できるかがこの会社の将来を決めてしまうのかもしれない」と強く感じました。社員の人生を背負っている、という感覚も含めて、責任の重さが一段上がったというのが正直なところです。

経営する中で予想外だったこと・苦労したことは何ですか?

M&Aは、基本的に秘密裏に進める性質が強いものです。譲渡を検討していることが従業員や取引先に先に伝わってしまうと不安を与えてしまうため、内密に進めるのが業界の常識です。

その中で、インターネットを使ってプラットフォームでマッチングをする、というのは、業界の常識からすると真逆です。アメリカでは当たり前でも、「そんなの成立するわけがない」と言われましたし、立ち上げ当初は「M&Aのおもちゃでも作ったのか」などといった冷ややかな反応もありました。

このような状況だったため、ビジネスモデルを市場にフィットさせるのに3〜4年ほどかかりました。赤字基調の時期もあり、資金調達も必要でしたし、4期あたりで手応えを持つまでは、暗いトンネルを走っている感覚がありました。

その状況をどう乗り越えたのでしょうか

ターニングポイントは大きく2つあります。
1つ目は、ビジョンに素直に従ってビジネスモデルを進化させたことです。インターネットは生産性を上げるために重要ですが、成約できる環境を作るという観点ではそれだけでは足りません。そのため、必要なところにコンサルタントによるサポートを入れました。相談窓口を置いて丁寧に説明しプラットフォームで相手を探していただけるようサポートを行い、さらに必要なところは人が担う。人とテクノロジーを組み合わせる発想に切り替えたのが3〜4期の頃で、そこから成約率が上がり、喜んでいただけることが増えていきました。

2つ目は、テレビ番組で取り上げていただいたことです。立て続けに有名番組で「個人が事業を継いで飲食店のオーナーになる」といった事例が紹介されたことで、当社を知ってくださる方が急増しました。


この2つが重なったことで、利益を出しながらお客様に喜んでいただける数が増えていきました。

拡大期に入ってからはどのような課題があったのでしょうか?

正直、まだスタートアップマインドのほうが強く残っています。しかし、ここ数年の間に社員数が倍以上になったため、課題の質は変わってきました。

ビジネスモデルを磨き続ける必要があるのは創業期と変わらないため、時代に合わせてキャッチアップしながら磨いていますが、組織が大きくなるにつれ、経営と現場を繋ぐマネジメントの重要性をより感じました。現場のリアルな声を早く吸い上げ経営方針や目標をどのように現場に伝えるか、という成長するからこその課題にマネージャー陣と連携し一丸となって取り組みました。

今後の展望について教えてください

私たちはビジョンの実現が一番の目的です。日本の後継者不在という社会課題に対し、M&Aの件数はまだまだ少ないと捉えています。M&Aを当たり前の世の中にしていくために、テクノロジー、AIなどを活かしてイノベーションを起こしながら、プラットフォームを活用したM&Aをスタンダード化していきます。

もう1つのテーマとしては、経営者はM&Aだけでなく、人材不足、資金繰り、業務の外注など悩みが多いため、それらのお困りごとにも答えられるようなソリューションを増やしていきたいと考えています。M&Aでの貢献を拡大すること、そして経営者の他の悩みにも応えられるようにすること、この2つが今後の展望です。

他の経営者におすすめしたい本を教えてください

稲盛和夫さんの『生き方』がおすすめです。人は何のためにいるのか、ということを考えさせてくれる本です。私が印象に残っているのは「人が成長して成果を出すのは、能力と情熱と考え方の掛け算」という考え方です。考え方にはマイナスもある、という点も含めて、能力や情熱があっても、考え方次第で結果が変わるという話が腑に落ちました。
若い頃、30歳前後に読んで、偉大な経営者の考え方だと感じた記憶があります。

ぜひご一読ください。

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

企業出版のノウハウを活かした記事制作を行うことで、社長のブランディング、企業の信頼度向上に貢献してまいります。