rayout株式会社 吉田氏

今回はrayout株式会社代表取締役、吉田壮汰氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称rayout株式会社
代表取締役吉田壮汰
設立2019年4月
資本金9,258万750円
主な事業スポットPM事業(マーケティング・採用広報・新規事業の伴走支援、CX・DX領域のPMO)
SaaSプロダクト「CheckBack」の開発・運営
所在地東京都渋谷区笹塚1-64-8 Daiwa笹塚ビル6F
公式サイト  https://rayout-inc.com/

rayout株式会社の事業内容を教えてください

2つの事業を軸に展開しています。

1つ目は「スポットPM」というサービスで、名前のとおり、お客様のプロジェクトにプロジェクトマネージャーをスポットでアサインし、伴走させていただくサービスです。もう1つが「CheckBack」というITサービスです。誰でも簡単にプロジェクトマネジメントができるようになることをコンセプトに開発した、自社プロダクトです。

特に力を入れているサービスについて教えてください

スポットPMについてお話しすると、現在のお客様は人事や経営企画など、社内のコーポレート部門の方々が中心です。企業の中には、人事制度設計の社内浸透やDX推進など、さまざまなプロジェクトがあります。以前はコンサルティング会社にお願いして、「どう進めればいいか」という設計部分をしっかり整えてもらうケースが多かったと思いますが、最近は、設計よりも実行の段階で困っている企業が多いんです。

そこで弊社では、お客様のプロジェクトに対して、進め方の整理や定例会議のファシリテーションを行いながら推進していく伴走支援を提供しています。「プロジェクトの遂行に責任を持つ」ことを大切にしているサービスです。

HPからスポットPMの資料DLができます!⇒ https://rayout-inc.com/

ここからは吉田社長ご自身のことを教えてください。学生時代に打ち込んだことはありますか?

6歳から大学3年生のはじめ頃まで、ずっとサッカーをやっていました。学生時代で一番打ち込んだことだと思います。高校の部活は部員が100人弱いて、年間で休みが数日しかないような環境でした。試合に出られるようになったのは3年生の引退間際だったので、決して順風満帆ではありませんでしたし、練習も厳しくて、何度も辞めようと思いました。それでも、サッカーは私にとって最後までやり切ったと言える経験の一つです。

大学では怪我をしてサッカー部を辞めることになり、その後は「起業ごっこ」のような活動に取り組みました。自分なりにさまざまなビジネスを試してみたり、たくさんのアルバイトを経験してみたりしましたね。

大きく分けると、サッカーに没頭していた時期と、経営や事業に関心を持っていろいろ動いていた時期。この2つが、私の学生時代だったと思います。

サッカーでの経験は、今の事業や考え方に活きていますか?

概念的な部分でいくつかあります。

まず、仕事もサッカーも「スピード感」が大事だと感じています。ゆっくりとしたゲームスピードのなかで上手にプレーできる人はいますが、速く走りながら上手にプレーできる人はそう多くないんですよね。社会人になっても、1つの仕事を時間をかけて丁寧にというよりは、マルチタスクの中でスピード感を保ったままクオリティを出していくことがまず求められます。この点はサッカーと仕事で似ているところがあり、経営の参考にもなっています。

もう1つは、チームのあり方です。試合に勝つチームと、仲はいいけれど勝ち切れないチームには、メンタリティに大きな違いがあります。ベンチからや、教える側の立場からもその違いは感じられたので、プロジェクトチームの作り方という面でも勉強になりました。

怪我でサッカーを辞めた後の「起業ごっこ」とは、どのようなきっかけで、どのような活動をされていたのですか?

正直に言えば、怪我でサッカーができなくなったとき、サッカー以外で自己表現できそうなこと、もっと平たく言ってしまえば、何かモテそうなことがしたいという気持ちがまずありました(笑)。

もう1つは、大学が経営学部だったことも影響しています。ある講義で、教授が「学生時代の時間を時給換算すると6,000円ぐらいだ。だからアルバイトを時給1,000円や800円でやるのはもったいない」と話していて。それを聞いた瞬間、1つのアルバイトをずっと続けるのが急に損な気がしたんです。それで、学生時代を通して30個ぐらいのアルバイトを経験しました。慣れては辞めるを繰り返す中で、「何か事業をやってみたい」という気持ちが芽生えてきたのがきっかけです。

最初はインターネットの回線を訪問販売する団体を友人と立ち上げたんですが、あるとき、「コンサルってかっこいいな」と思ったんです。何をしている職業なのか具体的にはわからない、その響きがモテそうだなと思って、経営学部のゼミの仲間を何人か誘って学生団体を作りました。そして、ゼミでご縁のあった銀行に「あまり経営がうまくいっていない会社さんを紹介してください」と持ちかけたところ、たまたまパンの卸売業の会社を紹介いただけました。その会社さんに「学生×中小企業はPR映えするので、産学連携で何かやりませんか」と提案して、コンサルティングのような活動を始めたんです。

これが、ちゃんと事業っぽいことを始めた最初のきっかけだったかもしれません。

経営や起業をしたいという考えは、もともとお持ちだったのでしょうか?

大学進学前はそれほど強くなかったと思います。教育学部と経営学部の両方を受験していたので、経営一本という感じでもありませんでした。

ただ、大学に入ってから事業っぽいことを実際にやってみる中で、さまざまな経験を積みました。たとえばシーシャ(水たばこ)の事業。今でこそ多くの会社が扱っていますが、当時の名古屋にはシーシャがほとんどなかったんです。東京と大阪で少しずつ広まり始めていたので、中国から輸入して名古屋の飲食店にリースで卸す事業を立ち上げようとしました。この事業は結果としては大きく失敗して借金が残ってしまったのですが、それでも「事業って面白いな」という感覚は、大学3、4年生の頃には芽生えていました。

大学時代の経験は、今の事業や考え方に活きていますか?

はい。パン屋のコンサルは、健康的なパン商品を開発して老人ホームに卸すなど、それなりに成果も出ていたんです。ところが、私は3、4ヶ月で飽きてしまい、打ち合わせなどに顔を出さなくなってしまいました。パン屋さんには大変よくしていただいていましたし、チームメンバーとトラブルがあったわけでもありませんでした。自分でも「なぜ飽きたんだろう」と考えてみると、「その活動自体に目的や志を持てていなかった」と気づいたんです。

そこで「飽きないことを人生のミッションにできれば、自分は強い経営者になれるのではないか」と漠然と思うようになりました。だからこそ、まずは世の中にどんな仕事があり、どうやってお金が回っているのかを、薄く広く見られる会社に入りたいと考え、新卒の進路を決めたんです。

この「飽きない」を見つけた経験は、その後の事業選びや会社づくりの軸になっていますし、卒業の段階で「3、4年後に会社をやる」と周囲に話していたのも、ここでミッションを意識し始めたからだと思います。

実際に新卒で選んだのはどんな会社だったのですか?社会人時代のご経歴を教えてください

実は単位が取れずに1年留年していまして、その1年間、サイバーエージェントのグループ会社で働いていました。これが会社員としての最初の経験です。当時は「ベンチャーとは何か」を何も知らずに飛び込みましたが、新しい挑戦を大企業より高いスピード感で進めている姿勢に触れて、「ベンチャー企業っていいな」と感じるようになりました。

そして新卒で入社したのが、経営者の方々に事業の話を伺うブランディング雑誌やWebメディアを運営している会社です。業態的にもさまざまなビジネスモデル、いろいろな業界の話が聞けると思って入社しました。

その後、10人以下のスタートアップに入りたいと考えて転職し、クリエイターエコノミー領域の会社で2年ほど勤めてから、独立しています。お客様が制作物を作りたいときに、自分たちがPMとして立ち、クリエイターをアサインして制作するという受託・クラウドソーシング型の事業を手がけていた会社で、ここでPMとしての経験を積みました。

起業の経緯と、創業から現在までの大きな出来事を教えてください

創業当初は本当はSaaS事業をやりたい気持ちがあったのですが、ライスワークも必要でしたので、2社目で培ったPMとしてのスキルを活かした受託の仕事を中心に進めていました。たとえば「保育園のリクルートパンフレットを作りたい」というご依頼があれば、構成を決めてインタビューをし、記事を書き、デザイナーさんにデザインを乗せてもらって、印刷を手配して納品する。そういう仕事を1人でやっていた時期もありますね。

ありがたいことに、創業当初から営業はできていたので、案件もそれなりに集まりました。初年度から売上が立ったので、その年に3名を採用しまして、設立から1年後の2020年4月には8名体制になっていました。

ただ、ちょうど2020年4月といえばコロナ禍の入口です。販管費系や広告系の案件はほぼすべて一旦ペンディングとなり、仕事がほぼなくなってしまいました。あの時期は本当に大変でしたが、一方で、当時は融資が借りやすかったんですよ。銀行から借りたお金を、細々と食いつなぐためではなく、新しいプロダクトを作るためのエンジニア採用に使いました。今冷静に振り返ると、なかなか思い切った選択だったと思います。同時に、ランウェイを伸ばすため、これまで力を入れていなかったアウトバウンドの営業を徹底しました。展示会で取ったリードに片っ端から電話をかける、というようなことです。

結果として、そのときに作ったプロダクトは2年後にクローズすることになりましたが、攻めの姿勢を忘れずに、逆境をチャンスに変えていく動きはできたと思います。社員みんなで頑張った時期でした。

経営者として、しんどかった経験や出来事はありますか?

私の場合は1つしかなくて、やはり人が辞めていくときが一番つらいですね。

会社のキャッシュが厳しくなって借金を背負ったときも、個人保証なので「これは自分の責任だ」と割り切れたんです。けれど、「人生を預かったメンバーを、自分は幸せにできなかったのではないか」と考えると、そこは別物で。その感情は今も続いていますし、定期的にやってきますね。

そういったしんどい状況の中で、気持ちを安定させるためのルーティンなどはありますか?

特別なルーティンや気分転換があるかと言われると、逆にこちらが伺いたいくらいで。みなさん、どうされているんでしょうね(笑)。

私はかなりの内弁慶で、出不精なんです。休日に夢中になる趣味もなくて。あえて挙げるなら、社内のメンバーに「俺って頑張ってるよね」と言って、「頑張ってますね」と返してもらうことぐらいでしょうか。我ながら意味がわからないですけど、社内で弱みを見せられるのは、もしかすると自分の強みなのかもしれません。

私はどちらかというと「モブ系の経営者」だと思っているんです。強い欲が正直あまりなくて。原動力という意味でも、激しい何かがあるわけではありません。「みんなと一緒にいたいから会社を作った」という感覚に近いんです。「頭がおかしいぐらいのイノベーターです」というタイプでもありません。原動力は持続可能だけれど、激しさはない。みんなと一緒にゆっくり前に進んでいくというスタイルです。だから、いわゆるベンチャーよりも中小企業に近い感覚で経営をしているのかなと思ったりもしますね。

「みんなと一緒にゆっくり前に進んでいく」というお話が出ましたが、今後の展望について教えてください

いくつかの軸に分けてお話しします。

短期的には、PM、つまりプロジェクトマネージャーのリソースを、現在のコンサル市場に組み込んでいくことです。制作系や広告系で活躍してきたPMの方々は、本当にレベルが高いんです。アジャイルな思考で柔軟性も高く、「何かやってほしい」と依頼されたことを、なんとか形にする力に長けています。経営企画の方々も、少し前までは「正しい方向を教えてもらう」ために大きな費用を払っていました。けれど、今はAI時代でデータ活用も進み、社内でやるべきことは見えてきています。求められているのは、教えてくれる人よりも「一緒に走ってくれるパートナー」です。だからこそ、スポットPMでまずは大きなシェアを取りに行きたいと考えています。

中期的には、2029年6月のIPOを計画しています。それまでに業績はもちろん、カルチャーや社内統制の面でも、しっかり良い会社にしていくフェーズです。

そして、もう少し大きな話もさせてください。なぜ私たちがPMという仕事にこだわるのか。それは、私自身、デザインなどの専門スキルがあったわけではなく、「PMができる」という前提で起業したからです。PMという仕事は、もともとあまりスポットライトを浴びる仕事ではないと思っています。複数人での飲み会の幹事、旅行の調整役。あれらはすべてPM力だと思うのですが、苦労の割に感謝の量が見合わない仕事ですよね。ですが今後は、このPMの仕事こそ、人間が担うべき本質的なものになっていくのではないかと感じています。世の中には便利なツールが溢れ、やりたいことも無数にある。それを実現するために動く「なんとかする人」の役割こそ、人間がやるべき本質的な仕事になる可能性があるんです。

PMという仕事をしっかり定義し直し、言語化して、世の中にPMロールの人が増えていく。そうすれば、社会全体の推進力が上がっていく。そう信じて、事業を広げたり、アプローチを変えたりしていきたいと思っています。

読者の方へメッセージをお願いします

「お前が言うな」と言われてしまうかもしれませんが、やはり「飽きない」ことが大切だと思っています。これは、過去の自分にも伝えたいアドバイスでもあるのですが、「パンが好きだからパン屋になる」からもう一歩踏み込んで、「自分が人生をかけるに値するミッションは何か」を早く見つけることが大事ではないでしょうか。

もちろん、いろいろと試してみることは大切です。そのうえで、ミッションを見つけてほしい。仕事で脂が乗っている時期は20年ぐらいしかないと思います。残りの時間を何のために使うのか。「お客様が喜んでくれている」のも素晴らしいですが、「これは世の中のためになっているのか」という視点も含めて考えて、「自分はここでやるんだ」と決めた人間は、本当に強いと思うんです。

AIが進化することで、人を採用しなくても利益を出せる会社が増えていきます。1人で大きな利益を上げるソロプレナーのような形で事業が立ち上がっていくと、その一方で取り残される人もきっと多くなる。そういった方々がエントリーしやすい役割をちゃんと定義していくことが、弊社の仕事だと思っています。次の時代に人間が担うべき仕事を再定義しながら、仕事自体を増やしていく。このアプローチは、私たちにとってロマンチックなチャレンジです。

ミッションを探している方、「ここに残りの人生を使ってみてもいいかも」と感じてくださる方がいらっしゃれば、ぜひ採用面接にお越しいただけたら嬉しいです。また、「そんな考えのメンバーがいる会社と一緒に仕事をしてみたい」と感じてくださる企業の方も、お気軽にお声がけください。

最後に、おすすめの本を教えてください

格好つけて本を選ばなくても大丈夫なんですよね?(笑)

森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』をおすすめしたいです。学生時代に読んで、「こんなロマンチックな人生を送りたい」と思うきっかけになった一冊です。

『夜は短し歩けよ乙女』森見 登美彦(著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4043878028

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『社長の履歴書』編集部
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