今回はネッツトヨタニューリー北大阪株式会社代表、小西敏仁氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称ネッツトヨタニューリー北大阪株式会社
代表者小西敏仁
設立 1961年(昭和36年)3月
主な事業・トヨタ車の新車販売
・U-car(中古車)販売
・自動車の整備、点検修理
・自動車関連部品用品販売 
・保険代理業(損害保険・生命保険)
・JAF入会受付「TS CUBIC CARD 」入会受付
・結婚相談所事業
社員数141名(取材時)
会社所在地大阪府豊中市稲津町2丁目4番1号 
会社HP https://www.netznewly.co.jp/

事業内容を教えてください

ネッツトヨタニューリー北大阪株式会社は自動車の販売をメイン事業としております。それに付随してローン、保険、下取りした中古車の販売、整備点検事業を行なっています。また太陽光パネル・蓄電池販売、結婚相談所事業などの事業も行なっています。

当社は顧客満足の前に、従業員が幸せに働くことをめざす会社です。自分たちが幸せだからこそお客様に喜びを届けることができる、そんな風に考えています。具体的には、「自分の子供を入れたくなるような幸せな職場」が「世代を超えて100年続く」ことをめざしています。

なぜ自動車の販売だけでなく、結婚相談所を開設されているのでしょうか?

きっかけは、スタッフ懇意にしてくださっていたお客様です。そのお客様は毎年、北海道にクルマで旅をされる方で、いつも当社で夏用タイヤを冬用タイヤに履き替えて頂き、旅が終わると抱えきれないぐらいのお土産を店舗に持って来てくださる方でした。ある日、突然お客様の弟さんがお店に来られて仰いました。「兄が亡くなったのでお伝えに来ました。」亡くなられた事をご家族や周囲の方が気づくことができず、2週間放置されていたそうです。

担当のスタッフは何かできることがなかったか、思い悩みました。スタッフはいつも冬用タイヤに履き替えた後は、お家にお邪魔して高齢のお客様に代わって夏用タイヤを2階の倉庫に片づけるお手伝いをします。

そんなスタッフをお客様は息子のように可愛がってくださり、お手伝いの後は必ずお食事に誘っていただきます。

「儂はずっと畳職人をしていてな。子供が欲しかったけど、仕事も忙しくて結婚にも縁がなくてな。お前のことを息子やと思ってるで。」食事をご一緒している時にそんな事を仰っていたそうです。

そういえば、私たちは、多くのお客様から「娘に良い人がいないのか」「息子がなかなか結婚しなくて困ってる」など相談いただく機会が非常に多い。にもかかわらず、そんなご相談の切実な背景を考えることなく、軽く冗談で流すことも多かったように思います。早速、結婚相談所市場を調べてみると、会員の多くが半年以内に結婚されていることがわかりました。お客様の問題解決の手助けになるならばと考え、この事業をスタートしました。

地域に住まう人を大切に、関わる皆さんの人生を考えての事業展開をこれからもしていきます。

当社の事業についての詳細はこちらのページをご覧ください。

https://www.netznewly.co.jp

ここからは小西社長のことをお聞かせください。学生時代の思い出はありますか?

その後の人生に影響を与えた出来事があります。

幼少期、偶然にもJAL123便の航空機事故を回避しました。

当時、私は5歳だったのですが、早く昼寝が終わったことで母にせがんで予定よりも早く空港へ行きました。そして、運よくキャンセル待ちで、予約していたJAL123便の1本前の飛行機に乗ることができたのです。

両親からは常にラッキーボーイだと言われながら成長しました。

そこからどのようなきっかけがあって変わることができたのでしょうか?

2004年の就職活動中に転機がありました。

当時は就職氷河期時だったため、なかなか内定が出ませんでした。

悩んでいた折に、テレビでJAL123便にキャンセル待ちで乗った姉妹の話を見ました。

前の飛行機にたまたま乗りかえた私たちは助かりましたが、その空いた席に乗って、亡くなった方もおられたことをはじめて知りました。

人間は望む、望まないに関わらず、影響し合って生きています。それまで仕事は自分だけの為にするものだと思ってきましたが、その時初めて、仕事を通して他の人への貢献することに思い至りました。

新卒はどちらの会社に就職しましたか?

トヨタ自動車に入社しました。父の会社を継ぐ、という気持ちは当時なく、ただその時「最強の会社」と言われていたトヨタで学びたい。という想いでした。

私がトヨタに入社した2004年はトヨタグループの販売チャネル統合の元年で、ネッツ店とビスタ店が統合した年でした。基本的に地場資本が経営するトヨタ販売店は、当時、販売チャネルによって専売車種を独占的に地域内で売る体制が構築されていました。それが販売チャネル統合によって、同じトヨタ販売店同士が同じ地域で同じ車種を売ることになりました。地元の店舗では競合会社ができた為、父の会社は一気に経営危機に陥りました。「傷が小さいうちに会社をたたんではどうか」と父に話すと「今はしんどいかもしれないが、お前に会社をやってほしいと思っている」と言われました。これまで私の進路に関して何か口出しをしたことが両親ともになかったのですが、この時初めて継いで欲しいと言われました。しかし、赤字を抱えた会社に跡継ぎとして入るのは、相当な覚悟が必要でした。

どのように会社を立て直したのでしょうか?

不安で仕方なかった私は、あらゆるV字回復の本を読み漁りました。そこには共通して、「課題を絞り込んで、社員を巻き込むことが大切だ」と書かれていました。

そして実際、入社してすぐに見えた3つの大きな課題に対して、社員を巻き込みながら対策を売っていきました。

1つ目はお客様が少ないことです。

お客様すぐには増やせないので、それならばお客様の購入頻度を高めようと考えました。実際に3年ごとに乗り換えをするパターンと9年で乗り潰すパターンのコストは変わりません。合理的なスパンで乗り換えをしていただけるように、クルマ関連費用を平準化して、乗り換えの費用負担を軽くするローン商品を開発、推販することを計画しました。

2つ目は、在庫の圧縮です。

当時当社は、不良在庫を400台抱えていました。1年以上売れていない在庫も多数あり、借入金による資金コストが経営を圧迫していました。そこで在庫数を管理して長期在庫を減らす取り組みを始めました。

3つ目は意思統一です。当時は社長、営業本部長、部長、店長、マネージャー、現場と6つの階層がありました。100人ちょっとの組織としては階層が多すぎます。各階層で伝言ゲームのように経営の意志が歪んで伝わる状況が日常的に起こっていたため、経営チーム、店長、社員と3階層に階層を集約しました。

上記の戦略を実行した結果、V字回復は果たされたのでしょうか?

最初は全て失敗しました。

1つ目の購入頻度改善は、お客様にローン商品の良さを伝えることができず、うまくいきませんでした。2つ目の在庫圧縮も、確かに雑に仕入れることはなくなりましたが、社員に在庫を意識してもらえない状況は変わらず、思うように在庫を減らすことができませんでした。3つ目の意思統一は、階層こそ減らしましたが、組織的なグリップが効かなくなり、店長から「その目標嫌です」と直接文句を言われる始末です。

これら失敗に共通しているのは、人がついてきていない事。当時は金策に走り回る毎日で、フラフラになりながら家に帰ることが続いていました。当時は死ぬ夢をみることがばかりで、精神的にギリギリまで追い込まれました。

そこからどのように会社が変わったのでしょうか?

私自身の気づきのきっかけは、労働組合のアンケートです。社員の書いたアンケートをみると「最低の経営陣だから早く退任すべき」「早く身売りをするべき」「いつ潰れるかわからないから給料の前借りがしたい」「店長に会社を辞めろと言われた。お前がやめろ」など罵詈雑言の嵐。社員がこの状態なら、いくら戦略が正しくても実行することはできない。そう思いました。

どのように改善しましたか?

全社員と面談を始めました。最初は私がどんな想いで仕事に向き合っているのかわかって欲しいという思いで始めたのですが、向き合って話してみると、当社の社員は素晴らしい社員ばかりでした。

ご家族が重い病気と闘っておられる受付担当、朝早く起きて親御さんの介護をしながら仕事をしているエンジニア、お父様と一番でい続ける事を約束した営業スタッフ、私が背負っていると思っていた社員の人生は想像よりずっと重いものでした。また、忙しい時間帯の電話応対の課題と対策について考えていること、目標を全員で共有するために努力をしていること、多くの社員が良い会社を目指して働いていました。面談を通して、社員の生活を支えていると思っている自分が恥ずかしくなってきました。会社を支えているのは、目の前の素晴らしい社員です。

どうしてアンケートと面談時の会話内容に矛盾があったのでしょうか?

組織の質は会話によって決まります。力のある社員がいても、社員同士の会話が愚痴と悪口であれば成果はマイナスです。赤字の会社は総じて上司の愚痴と会社の悪口があふれています。それが一番共感し合える話題だから。

そこで企画したのが、「人事考課」の改訂プロジェクトです。人事考課は会社の未来をつくる仕組みです。何をすればお客様は喜ぶのか、どんな仕事をすれば仲間が成果を上げられるのか、求められている目標のレベルはどれぐらいなのか、それはなぜなのか…企画会議では前向きな話以外はできません。

すべての店舗を訪ねて、今までの思い違いのお詫びと共に、人事考課を一緒に取り組んで欲しいと伝えたところ、当時の社員130人のうち約3分の1にあたる37名がプロジェクトに参加してくれました。私たちは、この人事考課改定プロジェクトを「ビジョンマップ」と名づけて取り組みをはじめました。社内に前向きな会話が生まれたことで、これまで取り組んでいた戦略が動くようになりました。

経営者として気をつけていることはなんでしょうか?

お話ししてきた、ビジョンマップの取り組みで、何より印象深いのが、多くの参加メンバーが「これまで上司や会社を変えないといけないと思ってきたが、変わるべきは自分だった」と話していたことです。これが私の経営者人生で最も嬉しい言葉になりました。月次決算書、社員アンケート、戦略ごとに設定したKPI指標…すべてが赤点でした。これら経営者の通信簿は常に「今のあなたじゃだめですよ」と私に伝えてきました。初めて社員に「あなたはそのままでいいんですよ」と肯定された気がしました。それはそのまま、私がそれまで忘れていた一番大切な事そのものです。

「経営者の仕事は会社を変える事」ずっとそう思って仕事してきましたが、一番大切な事は会社を支える社員の人生を肯定する事です。「経営者の仕事は『社員の人生を肯定しながら』会社を変える事」です。

そういう仕事をしながら、社員の幸せが100年続く会社に貢献したいと思います。

そこから会社経営はうまくいくのでしょうか?

はい。想いを引き出し、肯定される場のデザインが浸透するほどに会社が動くようになっていきました。しかし業界の中でリーダーシップをとれる会社状況ではまだまだないですし、やらなければいけないことは山積みです。

今後の展望を教えてください

お客様に対しては、思わず人に喋りたくなる経験を店舗でしていただきたいです。その経験を作ることを通して、社員も幸せを感じてほしいですね。

私たちを育てていただいた地域に対していかに貢献するのかが大切な時代です。私が経営を勉強した当時は、雇用と納税で企業責任が果たせると言われてきました。しかし今の時代は少子高齢化で、構造的に税収が減っていく世の中です。

目の前の社会課題や矛盾を、自治体や国がやってくれるだろうと他人任せにするのではなく、「誰かがやるだろう、その誰かになる」姿勢が求められている時代です。今後は地域の課題にも正面から取り組んでいきたいと思います。

何か地域貢献でされていることはありますか?

コロナ禍では、チャリティーオイル交換を行って、お客様にオイル交換していただくと、お客様の支払った金額全額が地域の商店に全額寄付される取り組みです。また、独自の地域振興券をつくり、値引きの代わりに配布することで、傷んだ地域の商店への送客を行いました。

現在は、地元商店さんと一緒に地域通貨を立ち上げ、売り上げの一部や期限切れになった通貨とつかって若者の貧困支援や子ども食堂の支援等を行う取り組みを行っています。こういった取り組みを小売商店がチームになって行うことで、お客様に地域の課題をたくさん知っていただきたいです。地域課題の多くは「関係者が少ない事」によって解決が難しくなっています。多くの住民が地域の課題に関わる社会をつくること、これが私たちの取り組みで大切にしていることです。

他の経営者におすすめの本を教えてください

ヴィクトール・E・フランクルさん著書の『夜と霧』です。

ナチスによるユダヤ人政策によって強制収容所に送られた精神科医が、絶望的な状況の中で、何を支えにして生きていくことができるのか模索をする実話です。この本を通して得た自分の軸は、経営の中で揺らぎそうになる自分を常に支えてくれています。

ぜひご覧ください。

『夜と霧』 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4622039702

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『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

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