今回はナイガイ株式会社代表、淺井 康雄氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称ナイガイ株式会社
代表者淺井 康雄
設立1923年(大正12年)10月25日
主な事業設備工事 ・保温・保冷 ・耐火被覆 ・ダクト
社員数222人(2026年1月31日現在)
会社所在地東京都墨田区緑1-27-8
会社HPhttps://www.naigai-co.co.jp/

事業紹介をお願いします

当社は1923年の創立以来、保温・保冷工事を核としながら、耐火被覆工事でも実績を挙げ、ダクト製造と専門領域に特化して、様々な建築物に携わってきました。ALC・耐火・パネル工事・ダクト・グラスウールダクト(GWD)・冷媒配管・断熱など複数工事をワンストップで施工できる「複合工種一括請負」は、お客様からの評価が高く、動員可能人員は業界随一です。

そして、断熱・消音・防音といった施工性能の数値を計算できる「高度な専門知識」、新たな工法の開発に積極的な「工法革新」など、業界をリードする品質や対応力が私たちの大きな強みとなっています。

また、当社は全国に拠点を持ち、700社を超える協力会社とのネットワークを構築しています。建設現場は工期に追われることが多いのですが、必要に応じて他エリアから協力会社に応援に入ってもらうなど、機動力を活かした対応ができる体制を整えています。北海道から沖縄まで事業を展開できている点も、当社の特徴の一つです。

2023年には創業100周年を迎えましたが、これまで培ってきた技術や体制を基盤に、今後も建築物の省エネ化と安全性の向上に貢献していきたいと考えています。

当社の事業の詳細はこちらをご覧ください。

https://www.naigai-co.co.jp

ここからは淺井社長のことをお聞かせください。学生時代に打ち込んだことはありますか?

私は子どもの頃から勉強よりも体を動かすことが好きでした。小学生の頃に友人の影響で剣道を始め、その後は野球も並行して続けていました。スポーツをしている時間が、自分にとって一番自然な姿だったと思います。

その後中学では剣道部に所属し、1年生のときに地元の大会で3位になりました。しかし、その頃から剣道に対する気持ちが少しずつ変わり、最終的には野球一本に絞ることを決めて、競技中心の生活を送ります。

高校入学当初には一度野球から遠ざかりそうになりましたが、担任の先生の声掛けもあり、野球部に入ることを決めました。

高校最後の夏の大会では優勝候補筆頭とされていた高校に勝ち、甲子園が現実的に見えるところまで行ったのですが、次の試合で負けてしまいました。その敗戦の悔しさは、今でもはっきり覚えています。

プロ野球選手を目指していた時期はありましたか?

チームに新聞に取り上げられるような投手がいて、プロのスカウトが練習や試合を見に来る環境だったことから、その道が選択肢の中にはありました。西武ライオンズのスカウトが来た際も、「いい動きだね」と声をかけてもらったこともあります。

しかし、高校野球の中での自分の立ち位置や実力が見えていたため、プロを本気で目指すというところまでは気持ちが振り切れず、野球はあくまでも「好きだから続けている」という状態でした。

大学進学はどのように決めたのでしょうか?

高校最後の大会での悔しさが残っていて、進学や就職について明確な答えを持てないまま「大学でも野球を続けたい」と野球部の監督に相談し、いくつか大学を紹介していただきました。そして最終的には、広島電機大学への推薦が決まり、進学しました。大学では4年間野球を続けましたが、2年から3年に上がる際には留年も経験しています。単位のことや将来のことを深く考えておらず「就職が決まれば卒業できるだろう」という甘い考えがありましたね。

ナイガイ株式会社に入社したきっかけを教えてください

入社のきっかけは、ゼミの先生からの紹介です。私の2つ上の先輩がナイガイに入社していたこともあり、勧められるままに面接を受けました。

当時は今のようにインターネットで情報を調べる時代ではなく、情報源は求人案内のパンフレットなどの紙媒体です。そのため、工事現場の管理というよりは、パンフレットに書いてあった音響設計のような建築に関わる仕事のイメージが強く、正直なところ会社の実態を深く理解して入社したわけではありません。当時はとにかく「まずは就職先を決めないといけない」という気持ちが大きかったですね。

入社当初は、どのような社会人生活を送っていましたか?

入社してから1〜2年目は出世を考える余裕はまったくありませんでした。まずは仕事を覚えること、現場を一人で任されるようになることが目標で、日々目の前の業務に必死に取り組んでいました。

現場管理の仕事は覚えることも多く、簡単なものではありませんでしたが「やるべきことをやる」という姿勢だけは変えずに続けてきたと思います。この頃は将来社長になるとか、会社を引っ張る立場になるという意識はまだありませんでした。

東京本店への異動はどのような経緯だったのでしょうか?

私は長く大阪で勤務しており、転勤もなく過ごしていました。部長職になっていた頃、前任の社長が大阪に来た際に、「お前、東京に来い」と突然言われたのがきっかけです。事前に相談があったわけではなく、その場で決まったような形でした。

東京本店に異動してからは、技術部長を務め、その後本店長、常務取締役、代表取締役と役職が変わっていきました。東京に来たことで会社全体を見る立場になり、これまでとは違う視点で経営や数字を見る必要があると感じるようになりました。

社長に就任したときの状況について教えてください

社長就任についても特別な準備期間があったわけではありません。就任の1年ほど前に前任の社長から「来期から社長交代するぞ」と告げられ、その流れで社長になることが決まりました。

自分から社長になりたいと強く思っていたわけではありませんが、役職を重ねる中で任されてきた仕事を一つずつこなしてきた結果として、社長に就任したという感覚です。

ナイガイに入社されてから代表に就任する前までに、「この仕事経験しておいて良かったな」と思うものはありますか?

振り返ってみると、私は社長になるまでほぼ技術畑の仕事しかしてきませんでした。役員になってから管理面の業務にも多少関わりましたが、経理や財務、総務といった領域にはほとんど携わらないまま社長に就任しています。
そのため、この経験があって良かったというよりは、むしろそれ以外の分野が分からず、社長になってから困ったという感覚のほうが正直なところです。

ナイガイで働かれているなかで、大きな成果を上げた取り組みを教えてください 

2008年のリーマンショックでは建設業界全体が厳しい状況に置かれましたが、当社も例外ではありませんでした。特に関西国際空港の竣工後、市場が一気に縮小し、予算面で非常に厳しい局面を迎えました。

仕事があること自体はありがたい状況でしたが、利益を確保することが難しく、これまでのやり方のままでは会社が持たないという危機感を強く持つようになりました。

そのときに取り組んだのが、原価低減です。建設業の原価は大きく分けて材料費と労務費がありますが、そこに正面から向き合わなければ会社として生き残れないと考え、顧客に対しても、協力業者に対しても、条件の見直しについて一つひとつ交渉を重ねました。簡単なことではありませんでしたが、曖昧にせず、丁寧に説明し、理解を得ることを大切にしてきました。この姿勢は、結果として顧客からの信頼につながったと感じています。

お声がけから就任までの約1年間は、どのように過ごされていましたか?

何か準備をしていたというより、「どうするんだろう」「どうしよう」という気持ちのほうが大きかったと思います。
しかし、実際に社長に就任してからもしばらくは前任の社長が会長職として残ってくれていたので、相談ができる環境がありました。そのため、社長になった瞬間からすべてを一人で背負った、という感覚はありませんでした。

経営者という立場をどのように捉えていますか?

状況を見ながらその都度自分で判断して進めていくものだと思っています。
社長業は「こうすればいい」「こうあるべきだ」と手取り足取り教えてもらえるようなものではありません。日常的にも予測できないことのほうが多く起こりますし、その都度どう解決するかを考える場面のほうが圧倒的に多い仕事だと感じています。

経営者として仕事をされてから、「これは予想外だった」「苦労した」と感じたことはありますか?

やはり、経理や財務、総務といった分野はまったく分からなかったので、当時の総務部長や経理部長に一つひとつ聞きながら学んでいきました。
また、私は本を読むのがあまり得意ではないので、知識を吸収する手段としてYouTubeを活用しています。必要な情報を限られた時間の中で正確に把握するために、日々努力しています。

提案制度を復活させようと思った背景を教えてください

当社は業歴が長く、就業規則も長年にわたって継ぎ足し継ぎ足しで運用されてきました。そのため、「どれが現行の就業規則なのか分からない」という状況が実際に起きていました。何かあるたびに規則を確認しても、「多分これが最終版だと思うのですが」といったやり取りが頻繁に出てきていたのです。


そこで一度、就業規則を整理しようと掘り起こしていく中で、1969年頃に作られた提案制度の資料が見つかりました。内容を見ると非常に良い制度なのですが、誰もその制度の存在すら知らなかったのではないかと思います。
その時、埋もれている良いものはきちんと活かそうと考え、提案制度を復活させました。

提案制度を復活させた際、社員の皆さんの反応はいかがでしたか?

反応は良かったです。
しかし、当初は「出してほしい」と言うだけではなかなか提案は出てこないだろうとも思っていました。上から言われても、前向きになれないのが普通だと思います。
そこで、まずは1件提出するごとに500円の報奨金を出す仕組みにしました。正直なところ、最初はお金の力が大きかったですね。

提案はどれくらい集まり、どのように運用されていますか?

累計で240件ほど集まっています。中には正直内容として軽い提案もありますが、1件500円と決めた以上、そこは目をつむっています。
その中で「これは良い」と判断したものについては、3万円以上の報奨金を出しています。制度開始から2〜3年が経ちますが、今も継続して提案が上がってきており、実際に採用している提案も15件から20件ほどあります。

具体的には、どのような提案が採用されていますか?

提案制度を通じて、社員からの声をもとにいくつかの具体的な取り組みが実現しています。

一つ目は、防犯カメラの設置です。千葉県内の各工場から、防犯対策に加え、作業状況の把握やトラブル発生時の映像確認を目的とした提案があり、2024年3月に設置しました。モニターを通じて東京本社とリアルタイムで状況を共有できるようになり、作業の安全性確認にもつながっています。

二つ目は、女性社員向けの相談窓口の設置です。地方支店からの要望を受け、2023年7月に女性専用の相談窓口を設けました。従来から相談窓口はありましたが、生理休暇や産休・育休、セクハラなど、男性上司には相談しづらい内容についても安心して相談できる体制を整えることで、的確な対応や早期解決につなげ、働きやすい環境づくりを進めています。

三つ目は、安全運転に関する取り組みです。現場への移動などで社用車を利用する機会が多いことから、対象者にはSDカード(Safe Driver)の取得を目指してもらう仕組みを導入しました。交通違反が多い社員には安全運転講習を受講してもらうなど、安全運転に対する意識向上を図り、交通事故の低減につなげています。

四つ目は、経理精算業務の効率化です。これまで立替金の精算は申請後に現金手渡しで行っていましたが、発生頻度が高く、業務負担が大きいという課題がありました。地方支店からの提案をきっかけに、精算方法を振込に切り替え、現在は全支店で統一した運用を行っています。


そのほか、支店でのクレジットカード導入、YouTubeの開設、無事故無災害を促す表彰の仕組みなども提案から実現しました。

今後の展望について教えてください

今後は、現在の基盤となっている事業をさらに伸ばしていきたいと考えています。断熱関係の事業は北海道から九州まで展開できていますが、耐火被覆やダクト工事については、まだ一部の支店に限られています。これらを全国展開できるよう、M&Aも視野に入れて拡大していきたいと考えています。

また、現在手がけている三つの事業はいずれも建築関係ですが、土木やプラント、ビルといった分野の中でも、とくにビル関係に需要が集中しています。箱物は建築需要の景気の影響を受けやすいため、将来的には建築需要と直接関係のない分野の事業にも展開できればと考えています。
加えて、これまで国内で展開してきた建築分野のノウハウを、海外でも活かしていきたいです。

他の経営者の方におすすめする本がありましたら教えてください

『100年企業が教える「人」を生かす経営』 淺井 康雄 (著) を紹介したいです。

この本では、当社のこれまでの歴史と、現在の姿をありのままにまとめています。ナイガイは、建物の「目に見えない部分」を支える専門工事会社として、1923年の創業以来、保温保冷工事を中心に事業を続けてきました。成田国際空港や渋谷スクランブルスクエアなど、日本を代表する様々な有名建築物に携わってきましたが、本書ではそうした現場の積み重ねの中で、どのように人を育て、会社として歩みを重ねてきたのかを紹介しています。

長い歴史を持つ会社の歩みは華々しく語られることは多くありませんが、大小さまざまな現場に誠実に向き合い、変化を恐れず、地道に続けてきたことが、結果として100年という時間につながったのだと思っています。

経営の考え方を知りたい方だけでなく、これから社会に出る学生の方や、建設・設備分野に関心を持つ方、そして現場を支える立場の方にも、何かしら感じ取っていただける部分があるのではないかと思います。

ぜひご一読ください。

【Amazon URL】https://www.amazon.co.jp/dp/4065423236

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『社長の履歴書』編集部
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