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株式会社 エムシス代表 瀧川 真雄氏

今回は株式会社 エムシス代表、瀧川 真雄氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

 

会社名称 株式会社 エムシス
代表者 瀧川 真雄
設立 平成19年3月26日
主な事業 飲食店経営
社員数 275名(2024年3月現在)
会社所在地 宮城県仙台市青葉区国分町3-6-11
会社HP https://m-sysinc.jp/

 

 

事業内容を教えてください

株式会社 エムシスは宮城県仙台市に直営店17店舗を展開している飲食の会社です。グループ会社も1社あり、東京に2店舗ありますので、グループ全体で19店舗を運営しています。

東北地方の飲食業のリーディングカンパニーを目指すことをミッションに、全国に300店舗体制を2032年までに作り上げることを目標にしています。今年から東京都内への出店も視野に入れて、物件調査をしてる段階です。

 

どのような飲食店なのでしょうか?

「焼きとん大国」は豚串が名物のお店です。他にも「元祖仙台ひとくち餃子 あずま」「餃子と小皿料理 酒場のあずま」「水原製麺」「もちだや」などのお店もあります。

アクセスの良い場所に出店していますので、出張や旅行の際にぜひお立ち寄りください。

 

各店舗の詳細は公式のHPまたは食べログやインスタグラムをご覧ください。

URL: https://m-sysinc.jp/shop/index.html

 

学生時代に熱中していたことを教えてください

学生時代は野球に打ち込んでいました。岩手県で野球が有名な花巻東高校と決勝で対戦する盛岡大学付属高校の野球部に所属していました。私は宮城県出身なのですが、特待生として岩手県の高校へ進学したので、野球部の寮に住んで野球漬けの生活を送っていました。激しいレギュラー争いや上下関係が厳しく、根性が培われて今の経営に活きていますね。自分で努力をしないとレギュラーを勝ち取れない状況だったので、努力をする習慣がつきました。

 

どうして野球をはじめたのでしょうか?

小さい頃にグローブとボールを父親が買ってくれて、一緒にキャッチボールをしたり、バッティングセンターに行ったりする生活だったので、とても自然な流れではじめました。

父から野球を強要されたことはなく、自分が望んで野球が強い高校に行きたい考えていました。大学は野球推薦が厳しく、結局一般入試で入りましたが、大学2年生からはレギュラーを取れて、自分のプレイスタイルがすごく安定していきました。大きなホームランはあまり打てませんが、小技が得意で、相手が取りやすい場所をパシッと投げれる選手でした。

 

就職活動はされるのでしょうか?

実は大学在学中に独立をすることを決めました。

4年間アルバイトしたお店が豚カツ居酒屋で、店長と気が合ったことがきっかけです。店長は21歳の若い方で、一緒に飲みにいっていました。様々な話をしましたが、店長の夢が独立することで、独立がいかに良いことかを聞いていました。

大学4年生になって、就職活動をしていましたが、なかなか就職が決まらず、本当に何をしたいのだろうかと自問自答する日々でしたが、そんな時に『自分のための人生』という書籍を本屋で見つけて読んでみました。心の奥にあった自分の心に気がついたのが、独立でした。そこからはどうすれば独立できるのかを考えて、行動し始めました。

 

初めに何をしたのでしょうか?

まずは5年間、ダイニングレストランで働きました。

目的がある中で働いてたので、早く役職をもらいたくて一生懸命でした。また、複数の店舗を管轄する仕事がしたいと思っていました。

がむしゃらに働いた結果、大学を卒業して半年後には店長になり、さらにその半年後は統括になっていました。しかし、後から入ってきた若い私が評価されて、どんどん私に役職を追い抜かれた先輩と合わないことも多くありました。ですが、私の目的は独立するための実力をつける期間だったので、数字で結果を出すことに集中しました。

 

独立後はダイニングバー事業でスタートされたのですか?

創業時はガールズバーを開きました。ありがたいことにガールズバーがすごく繁盛して、スタートはうまくいきました。そのため、2年目にフランチャイズの整骨院を開業しましたが、知識も経験もない整骨院に手を出したため、失敗しました。現場の人から私が信用されない仕事なので、なかなか思うような数字も出ませんでした。最終的に資金がショートして終わりました。

 

どうやって乗り越えたのでしょうか?

1500万円の納税資金が足りず、元々400万円の融資を受けていたので、どこもお金を貸してくれませんでした。しかし、ある知り合いの社長だけはもしかしたら助けてくれるかもしれないと思い、仙台から東京へ行って事情を話しました。「1500万円貸して欲しい」と伝えると「大きい金額だな・・・」と断られる雰囲気でしたが、「借りられなかったらもう経営は厳しく、もう終わりなんだろう」と言われ、条件をつけてお金を貸してくださいました。

資金繰りはハードになりましたが、その社長への返済だけは絶対に遅れちゃいけない、遅れたくないという気持ちがあったので、恥ずかしながら業者への支払いを少し待っていただいて、社長への返済を優先する生活を4年続けていました。最後の支払日には社長から「お疲れさん」という言葉をいただき、その言葉にボロボロ泣いてしまいました。

この社長ほど大きなお金を人に貸せる余力は今はまだないのですが、できる限りのことは後輩なり、何か自分を頼ってきた人に対してはやってあげたい気持ちがあります。人を助け、協力したいという想いが培われました。

 

本当に大変な経験でしたね

はい。仙台は震災も来ましたし、コロナウイルスの拡大もあり、経営的にはマイナスなことがたくさんあったのですが、やはり社長への借金以上に厳しくて、辛いことはなかったですね。

自分の経営人生を振り返った時に、周りからの甘い言葉に乗ったことが失敗につながりました。「儲かるよ」の言葉で自分の専門でない事業を横展開させてしまったので、そのことに気づいてからは、自分が得意とするもので一緒に働くメンバーと汗を流して取り組める事業にしようと心に決めました。そして、飲食事業に切り替えたことで経営がうまくいくようになりました。

 

事業で大切にしていることはなんですか?

信頼を得ることです。

以前の私は、矢印が常に自分に向いて経営していました。お金やそれ以外のものも自分中心だったので離職が多く、業者とも良い関係を築くことができませんでした。例えば、業者から突然高い見積もりが出てきて、協力されていないと感じたこともあります。しかし立ち止まって考えた時に、周りからの信用が足りていないことに気が付きました。もっと外に向けて事業をすることが必要で、働くメンバーやお客さん、取引先を大切にしなければと行動を変えていきました。

 

どのように変えていったのでしょうか?

まずはスタッフの給与を上げました。「社長、給料上げてください」という声は出ていましたが、当時は今は難しいよと返していました。給料高く支払いたい思っていたのに、自分中心だったので結局手をつけられない状況だったため、これを機にエリアでは高水準の給与に改定して、スタッフの満足度を上げるように改革を行いました。今では成果がでて、300名以上のスタッフが働いてくれています。

 

今後の展望を教えてください

2032年までに全国で300店舗体制を達成することです。東北は全国展開できてる会社が少ないのですが、東北にも飲食企業にこんな頑張ってる会社があることを皆さんに知っていただきたいですね。

300店舗を展開すると、年商が何百億円になるので、スタッフの所得も店舗数に比例して高く設定できます。最終的には終身雇用を目指して長く勤めてくださるスタッフを多くつくりたいです。

 

経営者におすすめの書籍を教えてください

有名な本なので釈迦に説法になりますが、D・カーネギーさん著書の『人を動かす』がおすすめです。経営をしていく上での悩みは大体がお金と人にまつわるものです。独立前に読んだ本ですが、時々見直す意味で繰り返し読んでいます。

また文中でおすすめしたウエイン・W・ダイアーさん著書の『自分のための人生』もおすすめです。

ぜひご覧ください!

『人を動かす』 D・カーネギー (著), 山口 博 (翻訳)

https://www.amazon.co.jp/dp/442210098X

『自分のための人生』 ウエイン・W・ダイアー (著), 渡部 昇一 (翻訳)

https://www.amazon.co.jp/dp/4837979602

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

企業出版のノウハウを活かした記事制作を行うことで、社長のブランディング、企業の信頼度向上に貢献してまいります。