株式会社ベストコ 井関氏

今回は株式会社ベストコ代表、井関大介氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

会社名称株式会社ベストコ
代表者井関大介
設立2009年5月1日
主な事業学習塾事業、学習アプリ事業、調査・研究事業
社員数194名(2025年9月30日現在)
会社所在地東京都渋谷区渋谷1-2-5 MFPR渋谷ビル
会社HPhttps://bestco.jp/

事業内容のご紹介をお願いします

株式会社ベストコは、個別指導塾「ベスト個別」を運営しています。小学生から高校生までを対象に、一人ひとりの学習状況に合わせた個別指導を行う学習塾で、「"できる"を楽しめ」を合言葉に、お子さまが自ら学びたいと思える気持ちを育てながら、成績アップを目指せる環境づくりを大切にしています。現在は東北・北関東・中国地方・四国地方の9都府県で130教室を展開し、約8,000人のお子さまの学習をサポートしています。

特に力を入れているのが、地方に住む子どもたちへの学びの提供です。住んでいる地域や家庭の状況によって、学びの機会や質に差が生まれてしまう――そんな現状を変えたいという思いが、私たちの活動の根本にあります。家庭への負担を抑えた料金設定はもちろん、教育とテクノロジーを掛け合わせた「EdTech(エドテック)」の考え方を取り入れ、タブレットを活用したオンライン指導や学習アプリの開発など、デジタルとアナログを組み合わせた新しい学習サービスにも積極的に取り組んでいます。

ここからは井関社長のことをお聞かせください。学生時代に熱中していたことはありますか?

幼い頃から「作ること」が好きでした。プラモデルに始まり、ラジコンカー、料理、とにかく何かを作ることに夢中になっていましたね。

その延長線上で、大学進学の際には美術の先生を志していた時期もあります。スポーツも部活動をやっていましたし、秋田出身なのでスキーも長く続けました。ただ、「これ一本!」というよりは、いろいろなことに広く取り組んでいたタイプです。

振り返ってみると、そこに共通していたのが「作る」という行為だったのかなと思います。何かをゼロから形にしていくことへの興味は、子どもの頃からずっと自分の根底にあったように感じています。

教育者を志したのはいつ頃でしょうか?そのきっかけを教えてください

はっきり決めたのは、高校3年生の9月です。父が歯科医で、長男として継ぐことを当然のように求められて育ちました。親戚にも学校の先生にも「継ぐものだ」と言われ続けていたので、正直、疑問にも思っていませんでした。ポジティブでもネガティブでもなく、「長男とはそういうものだ」という感覚です。

ところが高校3年生の9月、父が突然「歯医者以外にやりたいことがあれば、国立大学ならどの大学へ進学してもかまわない」と言われ、急に選択肢が与えられて驚きました。

もともと物作りやアートが好きで、建築も漫画も映画も、クリエイティブなことは何でも好きでした。ただ、それを専門に大学から本格的に学ぶのは難しいと思っていました。しかし、いろいろ調べていく中で教育学部であればセンター試験の点数次第で美術教員を目指せることがわかって、「チャレンジ枠として受けてみよう」と比較的軽い気持ちで教育学部を選んだというのが素直なところです。

強い志があったというより、そのときにできるベストな選択が教育だった、という感じです。

大学時代はどのように過ごされましたか?教育の道を意識したきっかけはありましたか?

教育学部に入ったものの、入学後すぐに場違いだと気づきました。美術の教員免許が取れる学部でしたが、学内には有名な美術大学も受験していたような、私から見たらプロのような学生が多く在籍していて、圧倒的な実力差を感じる状況でした。

そのような背景もあり、大学では彫刻を専攻しました。実は、彫刻は未経験で入学する学生が多かったので、他の専攻よりも実力が近いところからスタートラインに立つことができました。ただ、学年が進む中でも将来の展望は見えず、歯科医になるために大学に入り直そうかと仮面浪人していた時期もありました。

転機になったのは、先輩に「教育学部なら塾を手伝わない?」と誘われて塾でアルバイトを始めたことです。そのときに塾で受け持った中学3年生の生徒さんが、夏の時点で偏差値57だったにもかかわらず偏差値65の志望校に逆転合格を果たしたんです。私が教えたのはその生徒さんの間違えやすい癖や、注意すべき基本を繰り返し伝えただけでしたので、生徒さんのポテンシャルも大きかったのですが、想定以上の結果に生徒さんも保護者の方も泣いて喜んでくれました。

将来が見えなかった時期に「人の役に立てた」という実感は、私にとって、とても大きなものでした。そこから塾のアルバイトに本腰を入れるようになりました。

美術の先生ではなく、学習塾への就職を選んだ決め手を教えてください

塾のアルバイトを続けるうちに、たくさんの生徒さんを担当するようになりました。塾の仕事の面白さとして感じていたのが、「成績」という結果がとてもわかりやすいことです。点数という形で目に見えて結果が出るので、生徒さんにも喜んでもらいやすく、努力に対する実感がダイレクトに返ってきます。

学校の先生と比べると、塾のほうが勉強を教えることに集中できるため、気づけば「学校の先生より塾のほうが私には向いているのではないか」という気持ちに変わっていて、就職先として塾を選ぶことにしました。

学生時代から独立や起業について意識していたのでしょうか?

起業についてはまったく考えていませんでした。どちらかというと、先のことを早くから考えて準備していくよりは、目の前のことを一生懸命やるタイプです。

ただ、何に取り組んでいても「もっと良くしたい」という気持ちは常にありました。アルバイトでは「もっと効率化できないか」と考え、店舗を任されれば「もっと楽しい場所にしたい」と思っていました。最初に入った会社でも「どうすればもっと会社を大きくできるか」を考えていました。

振り返ると、その感覚は美術への向き合い方と本質的に変わらないと思っています。何かを作る、形にする、無駄を省いてバランスを整える――それって一つのクリエイティブだと思います。美術でいう「デフォルメ」も、余分な情報を削ぎ落としてこそ成立します。効率的で無駄がない状態は、私の中では「美しい」という感覚に近いです。

向き合ったものを良くしていきたいという「改善欲求」みたいなものが、私のコアにあるのかなと思っています。

最初に就職されたのは福島県の学習塾でしたが、就職先選択の決め手を教えてください

アルバイトをしていた秋田県の塾にそのまま就職するという選択肢もありましたが、地元を離れてみたいという気持ちがあり他の塾への就職を検討することにしました。

「大手の会社は選択肢にはない」という感覚は最初からありました。アルバイトの経験から、大手や上場企業はマニュアルやルールが厳しそうだという印象があり、小さい会社ほど自由に動けるという傾向を感じていました。私はそもそも、決まったことを丁寧にこなすのが得意なタイプではないので、自由に任せてもらえる環境のほうが合っていると思っていました。

就職したのは、福島県で当時5番手くらいだった学習塾です。小さい会社の中で自分の考えを自由に試しながら、会社の成長に携わりたい、そして、東北で働きたいという気持ちもあり、福島県の塾を選びました。

結果として、その塾を福島県内1位にする過程に携わることができました。

社会人スタート時に、将来のキャリアビジョンはありましたか?

そういったものはまったくなかったですね。今の学生さんと比べたら、恥ずかしいくらい何も考えていなかったと思います。

大学時代は美術とアルバイトで精一杯で、中長期的なビジョンを描く余裕はありませんでした。少し強い表現ですが、当初目標にした歯科医も、教員になる道もやめて脱落したという気持ちもあったので、社会人として世の中に出ることが第一優先でした。まずはしっかりと社会人にならなくてはいけない、そんな感覚でした。

ただ、先ほどもお伝えした通り、就職先を選ぶ際に「大きな会社は自分には合っていないだろう」という考えだけははっきりとありました。立派なキャリアビジョンがあったわけではないですが、自分のやり方で動ける環境を選ぶという軸は、自然と持っていたのかもしれません。

起業は考えていなかったと先ほどうかがいましたが、起業のきっかけを教えてください

最初に就職した福島県の塾は、30人ほどの小さな会社で、マニュアルも整った組織体制もありませんでした。講師として入社したはずが、配属されたのは宣伝と店舗開発の部署で、集客から訪問営業まで、ゼロから自分で考えてやらなければならない環境だったのです。そんな状況下で、本を読んだり研修に行ったりしながら試行錯誤した結果、半年ほどで集客の仕組みが見えてきて、毎年4〜5教室の新規開校ができるようになりました。会社自体の売上も3年ほどで約3倍になりました。

その後、エリアマネージャーや講師も兼務しながら幅広く経験を積む中で、勉強が苦手な子どもたちとしっかり向き合いたいという想いから、社内に個別指導の事業部門を立ち上げました。ところが、クラス指導と個別指導を同じ会社で運営すると、社員評価の基準が噛み合わないなど経営上の問題がいくつか生じてきました。経営の先輩に相談したところ「分社化してみてはどうか」という提案をいただき、そこで分社化という形で起業することになりました。独立志向があったというよりは、課題を解決するための手段として会社を作ったというのが実情です。

その頃はまだ、会社を大きくしようとか、こういう会社にしようというビジョンは、ほとんどありませんでした。分社化してしばらくはクラス指導の会社の部長も兼務しながら、両社の取締役を務めていました。クラス指導の会社がある程度の規模まで成長したところで、私がやるべきことはある程度やれたかなと感じ、兼務を解除していただいて会社もしっかり切り分け、改めてベストコの経営に専念していくことになりました。

「これが今の自分の土台になっている」と感じるエピソードはありますか?

やはり原点は、大学時代のアルバイト経験です。塾で初めて受け持った生徒さんが逆転合格を果たし、保護者の方と一緒に泣いて喜んでくださった。将来が見えなかった時期に「人の役に立てた」という実感を得たことが、教育の仕事に本気で向き合う出発点になりました。

もう1つは、最初に就職した塾での経験です。マニュアルも何もない中、ゼロから集客の仕組みを作り、会社の急成長を支えた経験で「仕組みを作る」という感覚が身についたと思っています。

この2つの経験に共通しているのは、「もっと良くしたい」という気持ちです。生徒さんの成績でも、会社の成長でも、目に見える形で結果が出ることへの手応えが、今のベストコの経営スタイルにそのままつながっていると感じています。

経営者として、これまでどのような苦労がありましたか?

福島で創業して2年目に、東日本大震災が起きました。放射能の問題で「福島県には住めない」という状況が広がり、子どもを持つご家庭が次々と県外へ避難していきました。外部要因なので自分ではどうにもならない状況を目の当たりにし、「どうしたら良いかわからないことが起きることがある」と、初めて実感した出来事でした。

さらに深刻だったのは、その後の市場環境の変化です。幼児など小さいお子さんがいらっしゃるご家庭ほど県外に避難する実態を前に、10年後の福島県の少子化が加速するということが予測できて、このまま福島県だけで成長戦略を描き続けることはできないと判断せざるを得ませんでした。他県への展開を考え始めたものの、当時は資金的な余裕もありませんでした。

その後もコロナ禍や台風による床上浸水など、想定外の出来事は続きました。そういった出来事に対して特別な解決策があったというよりは、一つひとつ丁寧に対応して創意工夫を重ねてきた、というのが正直なところです。

ただ、私自身はそこまで「苦労した」という感覚があまりなく、思いがけないことはいろいろあるけれど、それに向き合っていくことが経営なんだ、という感覚のほうが強いですね。自分で始めた事業なので誰かのせいにもできないし、自分でやっていくしかないと割り切っていました。

株式会社ベストコの特徴として、塾業界では珍しい「徹底的なDX」が挙げられていますが、教育の現場でDXに力を入れるのはなぜでしょうか?

デジタル技術を教育に活かす取り組みは「EdTech(エドテック)」と呼ばれ、たとえば紙のプリントの代わりにタブレットで問題を解いたり、学習の進み具合をアプリで管理したりといったものが代表例です。ベストコがこうしたデジタル化に力を入れる理由は2つあります。

1つは、先生が子どもたちと向き合う時間を守るためです。かつて、教育の現場は深夜まで働くのが当たり前で、年間休日60〜70日という職場も珍しくありませんでした。デジタル化で事務的な作業を減らし、先生が授業と子どもたちへの対応に集中できる環境を作ることが、安定した教育品質の提供につながると考えています。

もう1つは、教育を届けるエリアを広げるためです。東日本大震災では、学校が流されたり子どもが減ったことで高校が町からなくなったりと、教育環境が物理的に失われた時期がありました。デジタルを活用すれば、これまで届かなかった地域の子どもたちにも学びの機会を広げることができる。その実感がDXへの取り組みをさらに加速させました。

実店舗の出店方針について教えてください

出店には2つの方向性があります。1つは、共働き世帯の方でも通いやすい住宅地に教室を構えること。もう1つは、高校受験・大学受験をサポートする塾がまだ十分でない郊外エリアにも教育の機会を届けることです。

駅前の利便性だけを重視するのではなく、住宅地に近い場所に出店しているのには理由があります。ご家庭によっては、少し離れた塾への送迎が負担となり、お子さまが十分な学習機会を得られないケースがあります。生徒さんが一人でも安心して通える立地を選ぶことで、そうしたハードルを下げたいと考えています。

また、都市部から少し離れたエリアへの出店も積極的に進めています。こうした地域では学習環境の選択肢が限られており、選べる塾がそもそも少ないという課題があります。私たちはそこにも教室を届けることで、より多くの子どもたちの将来の夢の実現をサポートしたいと思っています。

ただ、地方だけに絞ると、EdTechのシステム開発に必要な規模が確保できません。システム開発には一定のユーザー数が必要で、都市部でも展開することで開発コストをみんなで分担できます。その規模を活かして開発したシステムを地方でも活用していく――都市部と地方を両輪で動かすことで、サービスの質と届けられるエリアの両方を広げていくというのが基本的な考え方です。

出店に際し、地域によってプロモーション方法も変えています。テレビCMを活用する地域もあれば、学校の近くやスーパーの周辺といった目立つ立地への出店で認知を広げる地域もあります。ただ、プロモーションの効果を超えるものは結局、実際の体験です。通ってくれた子どもが成績を上げて「勉強が好きになった」と言ってくれること、保護者の方が期待以上だと感じてくれること。そこを実現することが、最終的に一番強い集客になると思っています。目立つ場所に出店して、中身でしっかり結果を出す。それが基本です。

徹底的なDXと、保護者・生徒への対応品質、その両立はどのように実現されたのでしょうか?

講師の仕事において「子どもたちに向き合うこと以外は徹底的に削ぎ落とす」ということを軸にしています。つまり、「点数を上げることに集中し、それ以外の仕事を極力なくす」ということです。

たとえば、ベスト個別の教室には合格実績などの掲示物がありません。保護者への教室便りのようなお手紙も送っていません。

実はこういった業務こそが講師の長時間労働につながり、講師が疲弊してしまう原因となることを私自身実体験として経験しています。

疲弊した状態では教室の雰囲気が暗くなり、先生も辞めていってしまいます。見えないところで失うものが大きいです。一方で、先生が明るく元気に「今日も頑張ろう」と言える環境は大切です。「成績向上に直結しない仕事は徹底的にやめる」という判断は、サービス品質を下げるためではなく、本当に大切なことに集中するための選択です。

教育の質を保ちながらコストを抑えていくために、経営上どのような工夫をされてきましたか?

家計に優しい価格を維持しながら規模を拡大するには、ベストなコスト構造を変えるわけにはいきません。むやみに人員を増やすことはコスト効率を悪化させてしまいます。だからこそ、今いるスタッフが無駄なく動ける仕組みを作ることが不可欠でした。

その土台になっているのが、「社員の成長を第一に考える」という理念です。講師が辞めないことは、私たちにとって経営上の最重要ポイントでもあります。先生方が元気で長く働いてくれることが、安定した教育品質につながります。だからこそ、残業をなくすための業務削減とDXへの投資を続けてきました。現在はベスト個別全体で急成長期ですのでスタッフの採用も増えていますが、これまではずっとギリギリの人数で運営してきました。その分、「何をやめるか」の判断を積み重ねてきた会社です。

今後、ベストコをどのような会社にしていきたいとお考えですか?

10年後には500校を展開し、「もう1つの学校」としての役割を担いたいと考えています。塾は成績を上げる場所というのが一般的なイメージですが、それだけでは不十分だと感じています。子どもたちと社会をつなぐ接点の一つになりたいと思っています。

私自身、歯科医になることを想定して育ち、教員を目指し、美術を経て、紆余曲折した末に今があります。でも時々、「もう少し早く世の中のことをいろいろ知れていたら、違う選択肢があったかもしれない」という気持ちがよぎることがあります。

たとえば、子どもたちはパイロットという職業は知っていても、どうすればなれるのか、パイロットとして働くにはどんな会社があるのかはほとんど知らない。地方に面白い企業や大学があっても、中高生にはその情報が届いていないことが多いのが現状です。子どもたちと社会が交わる接点を少しでも増やすことができれば、もっとさまざまな選択肢を子どもたちが選ぶことができるようになると思っています。私たちベストコが、その架け橋になりたいです。これから少しずつ具体化していきたいと考えています。

その実現に向けて、現在取り組んでいることはありますか?

一番大きな取り組みは、ユナイテッド株式会社のグループに入ったことです。ユナイテッドはスタートアップや地方自治体とのつながりが広く、私たちが目指す「子どもたちと社会の接続」を進める上で心強いパートナーです。

具体的な動きとしては、大学との産学連携プロジェクトも動き始めています。まだ構想段階ではありますが、今年(2026年)中にはスタートさせて、3〜4年後には本格的な事業として踏み込んでいけるスピード感で進めたいと思っています。自治体への働きかけも計画しており、一歩ずつですが着実に動いています。

ユナイテッドグループへの参入のきっかけを教えてください

きっかけは、山形県で地方創生に取り組む株式会社SHONAIの山中社長との出会いです。地域をサステナブルに発展させる活動をされている方で、一度お会いしたいと思っていたところ、たまたまお話しする機会があり、「地方の教育をこういう形で変えていきたい」という話をしたら、「それならいい会社がある」とユナイテッド株式会社の早川社長を紹介していただきました。

ただ、すぐに話がまとまったわけではありません。学習塾は少子化が進む斜陽産業というイメージが強く、地方で成長するビジョンを持てる人は多くはありません。成長戦略の方向性から教育の意義、ビジネスモデルの再現性まで、じっくりと時間をかけて議論しました。出会いから約10ヶ月かけてようやく方向性が固まった形です。

EdTechを活用して教育を届けるというビジョンを共有し、一緒にチームとして走ることができる相手を探していたので、じっくり議論できたことは良かったと思っています。当時議論を重ねたお二人には今も役員として関わっていただいており、経営陣同士の信頼関係はしっかりと築けていると感じています。

今後、大切にしていきたいことを教えてください

大切にしていきたいことは2つあります。

1つは、教育を多くの人に届け続けることです。成績を上げるだけでなく、子どもたちと社会をつなぐという軸を持ちながら、地方への展開を続けていきたいと思っています。その想いを体現するように、出店は着実に広がっています。2026年2月には新たに9教室を開校しました。群馬・埼玉・広島への初出店も実現して、東北からスタートした事業が北関東・首都圏・中国地方・四国地方へと広がり、全国展開が本格化してきたなと感じています。ぜひ読者の方もご自分の地域にも教室があるか、確認してみていただけたら嬉しいです。

もう1つは、教育に携わる人を増やしていくことです。教育に関わる方々が働きやすく、やりがいや誇りを感じ続けられる環境を作ることが、最終的には子どもたちへの教育の質にもつながると思っています。採用面では現在、現地採用が7〜8割を占めていますが、全国採用の新卒社員も少しずつ増えてきました。関東や北海道、九州など、まだ教室のない地域出身の社員も入社してくれています。地方で教育に貢献したいという志を持った方々と一緒に仕事ができていることは、とても心強いですね。

最後に、おすすめの本のご紹介をお願いいたします

スティーブン・R・コヴィー著の『7つの習慣』です。非常に有名な本ですが、社会人になって最初に読んだ本で、経営やさまざまな判断で迷ったときに立ち返る、私の拠り所になっている一冊です。

人生の中でいろいろと困ったことはたくさんありましたが、この本に出会って考え方がずいぶん変わりました。完璧にできる人はいないけれど、物事のバランスや優先順位の整理の仕方など、迷ったときの軸になる考え方が詰まっています。

ベストコでは、この本をベースにしたフランクリン・コヴィー社の研修カリキュラムも全社的に導入していて、全社員に『7つの習慣』を読んでもらっています。私自身も講師ライセンスを取得して、社内研修を実施しています。経営者としてだけでなく、教育に携わる人間としても大切にしている一冊です。

投稿者プロフィール

『社長の履歴書』編集部
『社長の履歴書』編集部
企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。

企業出版のノウハウを活かした記事制作を行うことで、社長のブランディング、企業の信頼度向上に貢献してまいります。