
今回は大和開発観光株式会社代表、井山 裕章氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 大和開発観光株式会社 |
| 代表者 | 井山 裕章 |
| 設立 | 昭和38年7月30日 |
| 主な事業 | 天野山カントリークラブ(会員制ゴルフ場)・パブリックゴルフ場(ナイター設備完備)・打球練習場、ならびに施設内のレストラン・ショップ経営 |
| 社員数 | 260名(取材時) |
| 会社所在地 | 大阪府河内長野市天野町906番地の2 |
| 会社HP | https://www.amanosan.jp/ |
事業紹介をお願いします
当社は、1966年に開場した「天野山カントリークラブ」を中核事業とし、完全会員制ゴルフ場および併設レストラン・ショップの運営を行っています。創業から60年近い歴史を持ち、現在は南大阪エリアで唯一、36ホールを有するゴルフクラブとして、多くのお客様にご利用いただいています。
天野山カントリークラブの特長の一つは、規模だけでなく、利用シーンの幅広さです。バブル期に建て替えたクラブハウスは、ゆとりある空間設計と充実した設備を備えており、企業の役員クラスによる接待や公式なコンペなど、ハイグレードなご利用にも対応できる環境を整えています。
また、近年は人手不足の影響からセルフプレー中心のゴルフ場が増える中、当クラブでは現在も約60名のキャディーが在籍しています。18ホールはキャディー付き、残り18ホールはセルフプレーと、お客様のご希望やプレースタイルに応じて選択いただける点も大きな強みです。
さらに、当クラブではゴルフ場運営にとどまらず、「また来たい」と思っていただける体験づくりを重視しています。
完全会員制を採用し、予約はあえて電話対応に限定することで一人ひとりのお客様と丁寧に向き合う運営を続けてきました。効率だけを追い求めるのではなく、人を介したコミュニケーションを大切にすることで、会員様との長期的な信頼関係を築いています。
加えて、併設レストランは自社運営をしており、ゴルフ場の食事に対する満足度向上にも力を入れています。人気店とのコラボメニューや、お客様参加型のメニュー開発などを通じて、「ゴルフ場の食事も楽しみの一つ」と感じていただけるよう工夫を重ねています。
当社の事業は、単にゴルフをプレーする場所を提供することではありません。ゴルフを通じて人と人がつながり、地域に根差し、何度でも足を運びたくなる場所であり続けること。それが、私たち大和開発観光株式会社の事業の軸です。
記事内でPRすることはありますでしょうか?
当社が特にお伝えしたいのは、「お客様に、いかに選ばれ続けるゴルフクラブであり続けるか」という視点で取り組んでいる経営姿勢です。団塊世代のゴルフ引退などを背景に、今後ゴルフ人口の減少が見込まれる中、規模拡大や集客数の最大化を目指すのではなく、地域に根差し、長く支持される存在であることを重視しています。
その象徴的な取り組みが、完全会員制と電話予約にこだわった運営です。当クラブでは原則として会員様、もしくは非会員の方の場合は会員様からのご紹介がなければプレーの予約はお受けしていません。また、現在主流となっているネット予約サイトには対応せず、あえて電話での予約対応に限定しています。一見すると時代に逆行しているように映るかもしれませんが、会員様との関係性を大切にし、一人ひとりの状況に応じた柔軟なご案内ができる点に、この運営方針の価値があると考えています。
電話対応であれば、ご希望の日程が埋まっている場合でも代替日のご提案やイベントのご案内が可能ですし、天候が不安定な場合には最新の天気予報を踏まえて「もう少し様子を見ませんか」といった声掛けもできます。こうした丁寧なフォローがキャンセルの抑制にもつながり、「電話で親切に対応してもらえた」というお声を多くいただいています。人件費はかかりますが、それ以上に価値のある接客だと考えています。
また、専任の営業担当による外回り営業も当社の特徴です。最近ご利用がない会員様に近況を伺ったり、オープンコンペやイベントのご案内を行ったりと、機械的な集客ではなく、人と人とのつながりを意識したフォローを行っています。コンペについても、開催の数カ月前から幹事様と打ち合わせを行い、日程調整や賞品選定、組み合わせ作成まで一貫してサポートしています。
こうした日々の積み重ねの結果として、コロナ禍以降も来場者数は5年連続で過去最高を更新しています。


特別な一手があったというよりも、「誰が、いつ来られるのか」を把握し、可能な限り顔を合わせ、関係性を重ねていく。その姿勢が、会員様や地域の皆さまとの信頼につながっていると感じています。
当クラブは、「お客様を詰め込むゴルフ場」でも、「一度来たら終わりの名門コース」でもありません。「また来たい」と思っていただける、ちょうど良い距離感のゴルフクラブであり続けること。その考え方や取り組み自体を、ぜひ記事を通して知っていただければと思っています。
ここからは井山社長のことをお聞かせください。学生時代に打ち込んだことはありますか?
実家がゴルフ場を運営していたこともあり、物心ついた頃からゴルフは身近な存在でした。ただ、自分の意思で始めたというより、半ば強制的に取り組まされていたという感覚のほうが強く、正直に言うと幼い頃からゴルフが好きだったわけではありません。
毎日のように家の庭で練習をさせられ、うまく打てなければ叱られる。そうした経験から、3歳頃にはすでにゴルフに対して苦手意識を持っていたと思います。小学5年生の頃、反抗期も重なり「もうゴルフはやめたい」と父に伝えたところ、「中学校の試合に一度だけ出たらやめていい」と言われ、約束通りその試合を最後にクラブを握ることはなくなりました。
また、幼少期から学生時代にかけて、自分から「これをやりたい」と強く主張した記憶はほとんどありません。兄や姉が親に反発する姿を見て育ったこともあり、怒られないように周囲の空気を読みながら行動することが多かったように思います。サッカーをやりたいと伝えた際に、なぜか空手を習うことになったことも、今では印象深い思い出です。
中学時代もさまざまなストレスを抱えながら過ごしていましたが、自分の中で「我慢をやめよう」と決めたことが転機になりました。校則が厳しい学校だったため、あえて髪を染めるなど小さな反抗を重ねる時期もありましたが、不思議なことに肩の力が抜けたことで、成績は次第に伸びていきました。
そして大学進学にあたっては心理学に興味を持ち、名古屋の中京大学へ進学しました。親の影響から少し距離を置き、自分自身と向き合う時間を持てたことは学生時代の中でも大きな経験だったと感じています。生まれて初めて家業や親の肩書のない「井山 裕章」という人間として交友関係を持つことができ、自分らしい生活のできた貴重な4年間でした。
いつ頃経営者になりたいと考えたのでしょうか?
正直に申し上げると、若い頃から「将来は経営者になりたい」と考えていたわけではありません。むしろ、家業を継ぐことについても、積極的な意思があったとは言えないのが本音です。自分がいなくても会社は回る状態をつくっておくことが大切で、経営の最前線に立つ役割は、必ずしも自分でなくてもいいと考えていました。
そのため、大学卒業後はご縁のあった方の仕事を手伝いながら社会経験を積み、その後、家業である当社に入社しましたが、その時点でも「いずれ社長になる」という明確な目標があったわけではありません。むしろ、自分自身で何か事業を起こしたいという思いのほうが強く、外の世界にも関心を持っていました。
気持ちが大きく変わったのは、父が難病を患ったことがきっかけです。病気と向き合いながらも、会社のことを気にかけ続ける父の姿を見て、「この会社をどうするのか」「誰が引き受けるのか」という現実的な問題を強く意識するようになりました。そのとき初めて、「会社を守らなければならない」という思いが、自分の中ではっきりと形を持ったように感じています。
とはいえ、社長になることに迷いがなかったわけではありません。子どもの頃、父は仕事で家を空けることが多く、「経営者になる=家庭との時間を失う」というイメージが、自分の中には強くありました。そのため、社長という立場を引き受けることで、同じ生き方を繰り返してしまうのではないかという不安もありました。
最終的に背中を押されたのは、父の側近として長く会社を支えてきた社員の言葉です。「お父さんは、仕事で家にいなかったわけではない」と聞いたとき、それまでの見え方が少し変わり、最終的には「自分が社長になりたいかどうか」ではなく「今の状況で誰がこの役割を担うのが最も適切か」を基準に判断し、2020年11月、代表取締役社長に就任しました。
社長就任は目標として目指した結果ではなく状況と責任に向き合った末の決断でしたが、だからこそ、今も「やるべきことを一つずつ、着実に進めていく」という姿勢を大切にしながら、経営に向き合うことができています。
大学卒業後にご経験されたお仕事について教えてください
専門職や肩書きのある仕事というより、雑務を含め幅広い業務に携わる立場でしたが、社会の中で人がどのように動き、意思決定が行われているのかを間近で見る貴重な機会だったと感じています。人を率いて動かす人がどのような時間軸や価値観で動くのか、それを支える人々がどれだけいるのか、そして自分はその環境の中で何ができるのかなど、普通では見ることのできない世界で多くの経験をさせていただきました。特に、3つ提案しろと言われたら4つ提案しにいく、といった丁寧に確実に成果を出す仕事のやり方はこの2年間で身についたものです。
そして家業である大和開発観光株式会社へ入社後は、当時大阪・ミナミで経営していた鍋料理店に配属され、副支配人として店舗運営を任されました。昼は仕込みや準備、夜は接客や現場対応に追われる日々で、飲食業の厳しさと同時に、「現場で起きていることを自分の目で見ること」「お客様と直接向き合うこと」の重要性を学びました。この経験は、現在のゴルフ場運営における接客や人材育成の考え方にも、大きく影響しています。
並行して、グループ会社が運営していた霊園事業の立て直しにも関わりました。当時、墓苑事業は時代の変化により売上が大きく落ち込んでおり、従来のやり方が通用しなくなっていました。そこで、ニーズの変化を踏まえ、永代供養墓への転換を進めるなど、事業構造そのものを見直す取り組みに携わりました。限られた条件の中で何を残し、何を変えるべきかを考え続けた経験は、現在の経営判断の基礎になっています。
こうした経験を通じて感じたのは、業種が違っても、仕事の本質は共通しているということです。現場を理解し、人と向き合い、時代や環境の変化から目を背けずに対応していく。その積み重ねが、結果として事業を支える力になると考えています。これまでの社会人経験は、すべてが現在の経営につながるプロセスだったと感じています。
社会人時代に経験したお仕事の中で「この経験があったから今の自分がいる」または「この経験が今の事業に活きている」エピソードはお持ちでしょうか?
一つの出来事というより、いくつかの現場経験の積み重ねが、今の自分を形づくっていると感じています。中でも大きかったのは、飲食店と霊園事業という、性質の異なる現場を同時期に経験したことです。
飲食店では、副支配人として店舗運営に携わり、日々お客様と直接向き合っていました。忙しい時間帯ほど、ちょっとした気遣いや言葉のかけ方一つで、店の空気やお客様の満足度が大きく変わることを実感しましたし、現場で起きている小さな変化を見逃さず、スタッフ一人ひとりの動きに目を配るといった積み重ねが結果として「また来たい」と思っていただける体験につながることを身をもって学びました。
一方で、霊園事業では、急激な売上減少という厳しい局面に直面しました。従来のやり方を続けるだけでは立ち行かない状況の中で、時代のニーズに合わせて永代供養墓への転換を進めるなど、事業のあり方そのものを見直す必要がありました。この経験を通じて、「変えないこと」が必ずしも守ることではなく、必要な変化を受け入れることこそが、事業を次につなぐ行為なのだと学びました。
これらの経験は、現在のゴルフ場経営にもそのまま活きています。効率化やデジタル化が進む時代においても、あえて人の手を介した接客を大切にしているのは、現場で人と向き合う価値を知っているからです。一方で、設備改修や運営の見直しなど変えるべき部分については、躊躇せずに手を入れる。その判断軸は、過去の現場経験から培われたものだと思っています。
振り返ると、「これが正解だ」と言える一本道があったわけではありません。ただ、目の前の仕事に向き合い、必要だと思うことを一つずつ積み重ねてきた。その過程そのものが、今の事業運営の土台になっていると感じています。
経営者として仕事をする中で、どのような苦労がありましたか?
経営者として最も大きな苦労は、目に見えない「積み残し」と向き合い続けることだと感じています。歴史がある分、設備や仕組み、人の関係性など、長年の中で積み重なった課題が数多く存在していました。表に出ていない問題も含めれば、簡単に解決できるものばかりではありません。
特に感じたのは、「これまで何となく先送りされてきたこと」を誰かが引き受けなければならないという現実です。修繕が必要な設備、属人化した業務、曖昧なルール。祖父や父の代から続いてきたやり方には良い面もありましたが、その一方で、時代に合わなくなっている部分も少なくありませんでした。その整理と是正を、自分の代で進めやり切る必要があると感じました。
また、社長に就任した時期がコロナ禍と重なったことも大きな試練でした。コンペのキャンセルが相次ぎ、来場者数が大きく落ち込む中で、先の見えない不安と向き合いながら意思決定を重ねる日々が続きました。劇的な一手があるわけではなく、できることを一つずつ積み上げていくしかない。そのもどかしさを感じる場面も多くありました。
経営においては、「前向きにこうしたい」という理想よりも、まず目の前の課題を洗い出し、優先順位をつけて着実に対応していくことが求められます。華やかな改革よりも、地道で時間のかかる作業のほうが圧倒的に多い。その現実を受け止め続けることが、経営者としての一番の苦労かもしれません。
それでも課題に一つずつ向き合い、少しずつでも前に進んでいくことで社内の空気や数字に変化が現れてきました。苦労は尽きませんが、その積み重ねこそが会社を次の世代につなげていくために欠かせないプロセスだと感じています。
そういった困難をどう乗り越えたのでしょうか?
「乗り越えた」というよりも、正直に言えば今も向き合い続けている最中だと感じています。ただ、その中で意識してきたのは、課題を特別なものとして構えすぎないことでした。歴史のある会社に問題があるのは当たり前で、むしろ何もないほうが不自然だと考えるようにしています。
まず取り組んだのは、目の前にある課題を一つずつ洗い出し、優先順位をつけることです。すべてを一度に変えようとすると、現場も混乱しますし、自分自身も判断を誤りやすくなります。だからこそ、「今やるべきこと」と「後回しにしてもいいこと」を整理し、着実に手を付けていくことを意識してきました。
また、経営者として無理に気負わないことも大切にしてきました。経営者だからといって、すべてに答えを持っている必要はありません。現場の声に耳を傾け、社員と対話しながら進めることで、結果的により良い判断につながることも多くあります。自分一人で抱え込まず、組織としてどう進むかを考えるようにしてきました。
コロナ禍のように先の見えない状況では、「何か大きな手を打たなければならない」と焦りがちになりますが、そういう時ほど、足元を固めることを重視しました。接客の質を高める、コース整備を徹底する、施設の使い勝手を見直す。派手さはありませんが、日々の積み重ねが、結果としてお客様の評価や数字に表れてきたと感じています。
振り返ると、苦労を乗り越えるために特別な方法があったわけではないものの「やるべきことを、やるべき順番で、やり続ける」姿勢を崩さなかったことが、結果的に会社を前に進める力になったのだと思います。
今後の展望について教えてください
現在、ゴルフ場業界そのものは、右肩上がりで成長していく業界ではないと考えています。バブル崩壊以降、日本にはゴルフ場が多く残っており、今後はあらためて淘汰が進んでいく時代になるのではないでしょうか。
そうした環境の中で重要になるのは、「どう発展するか」というよりも、「どう生き残っていくか」という視点です。来場者数や売上についても、当社としてはすでにほぼピークに達しており、今後は大きく伸ばすというより、いかに維持していくか、あるいは落ち込みを最小限に抑えるかという局面に入っていると認識しています。ゴルフ場単体での大きな成長を描くことは、正直なところ簡単ではありません。
ただし、会社として「現状維持」だけで良いとは考えていません。ゴルフ場事業を安定的に続けていく一方で、会社全体としては、将来に向けた発展の道を描く必要があると思っています。そのためには、新しい事業に取り組むのか、あるいは既存事業と親和性の高い分野へと広げていくのか、選択肢を持ちながら検討していくことが不可欠です。
ゴルフ場としての足元をしっかり固めつつ、会社として次に何ができるのかを考え、行動していく。その両立が、今後の大きなテーマだと考えています。
最後に、他の経営者におすすめの本のご紹介をお願いいたします
私が他の経営者の方におすすめしたい一冊は、松岡圭祐さんの『催眠』です。
ジャンルとしては小説に分類されると思いますが、内容は心理学、特に科学的なアプローチに基づいて描かれている点が印象的でした。松岡さんは作家でありながら、もともと心理職に携わっていた方でもあり、その背景が作品にも色濃く反映されていると感じています。
学生時代、国語が苦手だったこともあり、「本を読まなければならない」という課題の中で、たまたま手に取った一冊でした。正直、催眠術そのものを信じていたわけではありませんが、心理学が統計学を基盤とした科学であること、そして人の行動や思考に対して論理的にアプローチしている点がとても新鮮でした。
「心理学とはこういうものなのか」と多くの学びがありましたし、その視点は今でも意外な場面で役に立っています。人の行動や判断を考えるうえで、示唆を与えてくれる一冊だと思います。
ぜひご一読ください。
『催眠 完全版』松岡 圭祐 (著)
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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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