
今回は株式会社保険見直し本舗グループ代表、臼井朋貴氏にお話を伺ってきました。
「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。
ぜひご覧ください!
| 会社名称 | 株式会社保険見直し本舗グループ |
| 代表者 | 臼井朋貴 |
| 設立 | 2022年5月18日 社名変更:2024年7月1日 |
| 主な事業 | 保険代理店関連事業 |
| 社員数 | 1,906名(取材時) |
| 会社所在地 | 東京都新宿区新宿五丁目17番18号 |
| 会社HP | https://mhompo.co.jp/ |
事業紹介をお願いします
株式会社保険見直し本舗グループは、ショップ・コールセンター・Webのオムニチャネルを保有する国内最大級の保険代理店グループです。すべての人の人生に寄り添い、不便・不満・不安を解消するサービスを提供する「ライフサポートプラットフォーマー」となることをミッションとして掲げ、保険代理店事業を中心として金融、介護、健康など多角的なサービス展開に取り組んでいます。
そのため、相談形式に制約はなく、お客様一人ひとりに合わせた形で接点を持てることが特徴です。
実際、ご自宅や近くのカフェなど、状況に応じた場所で相談を受けるケースもあります。単に店舗に構えて待つのではなく、お客様に合わせてチャネルを使い分けながらサービスを提供している点が、私たちの事業の大きな特徴だと思っています。
すでに高い認知を獲得されている御社ですが、消費者にはまだ十分に伝わっていないと感じる「本当の魅力」は、どのような点にあるとお考えでしょうか?
当社の名前を聞くと、多くの方がイメージされるのは全国に店舗を展開する来店型の保険ショップだと思います。しかし、実際にはコールセンターやWeb予約、LINEなどのアプリといったデジタル接点も含めた複合チャネルを活用し、グループとしてお客さまとのつながりを広げています。
現在は保険を中心に住宅ローンや介護関連の事業を展開していますが、目指しているのは、保険の枠にとどまらない存在です。
人生の中では病気や介護、健康、相続などさまざまな困りごとが発生するため、不安や疑問を抱える場面は多いはずです。明確に「保険の相談です」と言語化される前段階でも、特にお金にまつわる悩みを含めて、気軽に相談できる存在でありたいと考えています。言うなれば、人生の困りごとをふと思い出したときに立ち寄れる「コンビニのような存在」になるのが目標です。
もちろん、これは今日明日で実現できるものではありません。お客様がもっと気軽に足を運べるよう、相談の敷居をできる限り下げるために、私たちは「”人生100年時代におけるパートナー”として、お客さま一人一人の生活に寄り添い、安心と保障をお届けするライフサポートプラットフォーマーであること」を大切にしています。
保険の価値が変化する中で、御社の考える「安心」とは、どのような状態を指しているのでしょうか?
保険というと、普段の生活の中では価値を実感しにくいものだと思います。元気で日常が順調なときには、「今すぐ必要だとは思わない」と感じる方も少なくありません。
しかし、病気やケガといった出来事は、いつ起きても不思議ではありません。思いがけずその状況に直面することは誰にでも起こり得ます。自分自身かもしれませんし、親や兄弟かもしれない。そのときに、「治療すれば治るけれど、お金がないから諦めよう」という選択は、現実的にはほとんどないでしょう。
そんなときに「この保険に入っているから、入院費や手術費はカバーされる」とわかっていれば、お金の心配をせずに治療や回復に集中できます。私は、そこにこそ本当の安心があると思っています。
つまり、安心とは、幸せなときにさらに幸せを上乗せするものではありません。むしろ、予期せず訪れる不安や困難な状況に直面したときに、「あのとき備えておいてよかった」と思える状態であることだと考えます。
当社の事業の詳細はこちらをご覧ください。
ここからは臼井社長のことをお聞かせください。幼少期はどのようなお子さんでしたか?
一言で言えば、わんぱくな子どもでした。勉強よりも体を動かすことが好きで、とにかく走り回っているようなタイプでしたね。元気だけは人一倍あったと思います。
学生時代に打ち込んだことはありますか?
中学から野球を本格的に始め、高校生の時は人生の中で最も真剣に取り組んでいました。また、社会人になってからも最初に勤めた銀行に野球部があったのでプレーを続け、結果的に、退職するまでのおよそ10年間は仕事と並行して野球に親しんでいました。
その後しばらく野球から離れていましたが、40代になって息子が野球を始めたことをきっかけに、今度は少年野球の指導に関わるようになりました。そこから約10年間、少年野球の監督としてグラウンドに立っていました。
振り返ってみると、プレーヤーとしても、指導する立場としても、野球は長い期間自分の人生に寄り添ってきた存在だったと思います。
ご自身の将来について具体的に考え始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
私の親が商売をしていたこともあり、若い頃から「いずれは自分で事業をやるかもしれない」という漠然とした意識はありました。ただ、家業を継ぐというよりも、「経済の中心にある場所で学びたい」という思いのほうが強かったですね。
そうした考えから最初のキャリアとして銀行を選びました。銀行はお金を通じて経済全体を支える存在ですので、そこで働けば経済の仕組みやビジネスの本質を幅広く学べると考え志望しました。実際、新卒から10年ほどは銀行でしっかりと経験を積み、そのうえで何かに挑戦できたら、というイメージを持っていました。
しかし、入行した当時はバブルの真っただ中で、とにかく仕事が忙しい日々でした。働き方に関する考え方も今とは大きく異なり、将来をじっくり考える余裕などなく、目の前の仕事に必死に向き合う日々でした。
そんな中で転機になったのが、銀行業界で進んだ大規模な再編です。複数行が一つになるという大きな変化を目の当たりにし、「このまま銀行の中でキャリアを全うするのか」「それとも別の道を選ぶのか」と、自分の将来を改めて考えるようになりました。銀行員としてキャリアを積み重ねたい気持ちと、いつか事業に挑戦したいという思いの間で揺れながら、時代の変化を強く意識した時期でした。
臼井社長が社会人としてキャリアをスタートされた頃は銀行の再編やIT化が急速に進んだ時代でしたが、その大きな変化の中で、どのように仕事と向き合ってこられたのでしょうか?
私が社会人になった当時は、いまのようにメガバンクが3つに集約される前で、都市銀行だけでも十数行あり、それが合併を重ね現在の形に収れんしていく、まさに大きな過渡期でした。
統合当初は、暫定的な体制がしばらく続きました。その中で私は30歳前後で、統合プロジェクトの一つとして、新しいビジネスを立ち上げる部門の中心メンバーにアサインされました。
また、Windows95の登場をきっかけにインターネットが一気に広がり始めた時代でもあります。しかしながら、当時の銀行業務はまだ紙と手書きが中心で、稟議書も鉛筆で作成し回覧するといった、今では考えられないほどアナログな運用が一般的でした。
その中で、インターネットを活用した新しいビジネスや業務のあり方を模索する役割を担い、急激に変わり始めた時代のうねりを現場の最前線で体感していました。銀行の統合とIT化という二つの大きな変化が同時に進む中で、従来のやり方が通用しなくなる感覚を強く意識するようになった時期だったと思います。
新しいビジネスを立ち上げる部門にアサインされたとのことですが、どのような事業だったのでしょうか?
統合プロジェクトの中でも象徴的な新規事業として、インターネットを活用した金融ビジネスに挑戦することになりました。今でこそ当たり前ですが、当時はYahoo!がようやく知られ始めた頃です。日本には金融ポータルのようなサービスはほとんど存在しておらず、海外では進んでいても、国内では前例がなかった時代です。そのため、金融ポータルやECに銀行の決済機能を組み合わせれば画期的な事業モデルになるはずだと考えました。
結果的には期待された規模とは裏腹に、事業として軌道に乗せることができませんでした。
振り返ると、着想自体は決して悪くなかったと思いますが、時代も環境も、そして自分たちの実力も追いついていなかった。その大きな失敗体験は、その後のキャリアにおいて非常に重要な原点になっています。
当時の取り組みをあらためて振り返ると、失敗の原因はどこにあったとお考えですか?
細かく挙げれば要因はいくつもありますが、発想そのものが間違っていたわけではありません。ただ、銀行員である私たちは、正直に言えばネットビジネスの素人でした。
そもそものインターネットのインフラ自体が日本ではまだ整っていない状況です。光回線もWi-Fiもなく、自宅では電話回線でインターネットにつないでいた頃なので、こちらがどれだけコンテンツを用意してもページがなかなか表示されないという、今では考えられない環境でした。
さらに致命的だったのは、価値観のズレです。例えば、有料サービスとして月額課金を設定しましたが、「ネットのサービスは無料が当たり前」という感覚が、私たちの中に十分に根付いていなかったのです。銀行員の発想で事業計画を描き、「これくらいは払ってもらえるだろう」と考えてしまった時点で、完全にお客様目線を欠いていました。
他にも組織運営上の課題はありましたが、最も本質的だったのは「お客様の視点」を十分に持てていなかったことだと思います。
この経験を通じて、私は「事業は顧客目線を外した瞬間に崩れる」ということを痛いほど学びましたし、この経験があったからこそ、その後のキャリアでは何よりもまずお客様の視点に立つことを最優先に考えるようになりました。
そしてもう一つ、大きな転機になったのが、共にプロジェクトを進めていた仲間たちが次々と会社を去っていったことです。当時は転職が今ほど一般的ではなく、「大手銀行を辞めるなんて信じられない」と言われる時代でした。
結果的に、私自身も環境を変える決断をしました。それは、今振り返っても正しい選択だったと感じています。
転職が当たり前ではなかった時代に、その決断が正解だったと今も感じている理由を教えてください
当時は転職エージェントもほとんどなく、今のように情報が整っている時代ではありませんでしたが、幸いインターネット関連の仕事に関わっていたことで、自分なりに情報を集めることができました。
銀行を離れた後はまずITやネットビジネスの世界に身を置こうと考え、ITコンサルティング企業に移りました。金融の知識を活かしながら、ITやシステムの側面からビジネスを支える経験を積みたかったからです。結果として、金融コンサルやITコンサルの領域で、プロジェクト型の仕事に深く関わることになりました。
その企業では、地方銀行向けに融資支援システムの導入を手がけました。今では当たり前ですが、当時は銀行業務をすべてWebベースで完結させること自体が画期的で、企業情報や顧客データをデータベース化し、格付けや稟議まで一連で処理できる仕組みを初めて構築しました。複数の地方銀行で展開し、銀行業務とITの両方を理解する立場として経験を積むことができました。
こうした流れの中で、次に挑戦したのがネット銀行です。当時はまだネット銀行自体が珍しく、立ち上げの準備段階から関わりました。銀行免許の取得、大規模なシステム構築、サービス開始まで、すべてゼロからの挑戦でした。開業後は、口座獲得やシステム障害対応など、想像以上に泥臭い仕事の連続で、システムリスク管理部長として金融庁への対応にも追われました。
この過程で強く意識したのが、ユーザビリティと顧客目線です。過去の失敗を踏まえ、「銀行側の論理」ではなく、「お客様にとって使いやすいか」を最優先に考えました。社内では反対意見も多くありましたが、結果的にその判断が奏功し、競合を上回る成長につながったと感じています。
あのときの失敗体験があったからこそ、顧客視点の重要性を徹底できましたし、その後の事業の成長を支える大きな要因になりました。
こうした一連の経験を通じて、金融・IT・顧客視点のすべてを現場で学ぶことができました。これは、あのタイミングで銀行を離れなければ、決して得られなかった経験です。
その後はどのようなお仕事に携わるのでしょうか?
ネット銀行では、顧客満足度を高める取り組みを一通りやり切ったという感覚がありました。その後、証券領域にも関わりましたが、次に強く意識するようになったのが「異業種金融」という考え方です。
金融専業ではない企業が金融に参入し、新しい価値を生み出していく。異なる視点が入ることで、業界そのものが変わっていく可能性を感じていました。
そうした中で声をかけていただいたのが通信事業会社です。当時は、キャッシュレス決済サービスの前身となる仕組みが立ち上がったばかりで、銀行、損保、カードなど複数の金融事業は存在していたものの、どれもまだ発展途上でした。一方で、通信事業は成熟期に入り、人口減少も見据えると通信だけに依存しない新たな成長の柱が必要という課題がありました。
金融やエネルギーなど、いくつかの分野に手を広げ始めてはいましたが、どれも規模が小さく、「本気で走らせる事業」が必要だと感じていたことから、金融事業を一つの柱として育てていく役割を担うことになりました。
金融事業を一つの柱として育てていくために、どのようなことをされたのでしょうか?
まず、私に期待されていたのは、これらの金融事業を取りまとめ、不足しているピースを補いながら、新たな成長の柱として再構築することでした。これは私にとって非常に魅力的な挑戦でしたし、ネット銀行を含め、これまでの経験を活かせるフィールドだと感じました。
当時の金融事業は整理が必要な部分も多く、まずは体制を整えるところから取り組みを進めました。
金融事業を本格的に束ねるためには、銀行持株会社を設立する必要がありますが、法律上、子会社銀行の過半数の株式を保有するなど複雑な条件があり、その調整には時間がかかりました。想定では1年でやり切るつもりでしたが、結果的には4年を要しました。
それでも、銀行、生保、損保、証券、アセットマネジメント、再保険といった金融機能を一通り揃えるところまでは持っていくことができ、金融事業体制構築後は銀行経営に従事、大幅な業績向上を果たすことができました。この経験を通じて、金融事業を「構想」ではなく「経営」として成立させる難しさと向き合ったことが、次のキャリアにつながっていったと感じています。
そこから、どのような経緯で保険見直し本舗グループへの興味・関心が高まっていったのでしょうか?
正確に言うと、自分から探しに行ったというより、「話を聞いて納得した」という感覚に近いですね。保険代理店と聞くとこれまでの延長線上のビジネスに見えがちですが、話を聞く中で「これは今までとは少し違うな」と感じました。
金融のデジタル化という観点で見ると、最も早く進んだのは証券です。ネット証券は取引との相性も良く、今では口座数でも圧倒的な存在になっています。次にネット銀行が広がり、こちらも一定の地位を築きました。一方で、保険は対面や電話が中心で、アナログ要素がまだ多く残っている分、デジタル化によって大きく進化できる余地のある領域だと感じました。
金融全体で見ると、保険はまさに“ラストピース”のような存在だと感じました。銀行や証券での経験から、金融とネットビジネスの組み合わせは最も得意な領域ですし、保険にはまだ大きな成長余地が残っている。すぐに結果が出るわけではなくても、長期的には確実にチャンスがある分野だと思いました。
さらに現実的な視点で見ると、保険代理店の多くは、来店型、コールセンター型、訪問型など、単一チャネルに特化しています。しかし、保険見直し本舗グループは、ショップ、コールセンター、Webという複数のチャネルをすでに持っており、知名度の高い「保険見直し本舗」はもとより、コールセンターは業界のパイオニアであり、トップクラスの規模を誇りますし、Webはこれから育てていける余地があります。この「複合チャネル」を備えている点は、大きな強みだと感じました。
加えて、業界内でトップ企業を追う立場にあることも、個人的には魅力でした。守りに入るよりも、成長フェーズで挑戦するほうが、圧倒的に面白く、経営としての醍醐味があります。
マクロで見れば、保険のデジタル化という大きな潮流があり、ミクロで見れば、複合チャネルを活かして縦割りを統合し、1+1を3にも5にも伸ばせる可能性がある。その両方がそろっていると感じ、「ここで勝負するのは面白い」と思えたことが、参画を決めた理由です。
ここからは保険見直し本舗グループの代表に就任されてからのお話を伺いたいと思います。前職でも代表を務められていましたが、あらためてこの会社の社長になってから「これは予想外だった」「ここは苦労した」と感じたことはありましたか?
ある程度は想定していた部分もありますが、一番大きかったのは「外様社長」であることの難しさですね。若い頃からその会社にいて昇格して社長になるわけではなく、出来上がった組織に外から入っていく立場ですから、どうしても最初は警戒されます。
だからこそ、最初にやったのは戦略を振りかざすことではなく、「人を知ること」でした。
1on1で話を重ねる中で、「この人はどんな考えを持っているのか」「何を大切にしているのか」を知ることに時間を使いました。同時に、「会社を良くしたい」という自分の考えも、丁寧に伝えていくことを重視しました。
そうすると、素直に興味を持ってくれる人もいれば、疑問を持つ人もいます。反発や疑問の声は自然な反応ですし、そうした対話を積み重ねることなしに、組織は動かせないと改めて実感しました。
外様社長としての苦労は確かにありましたが、だからこそ、人と向き合うことの重要性を、改めて強く感じた経験でした。
外部から代表として就任された社長の話を伺うと、本社社員の反応は大きく二つに分かれることが多いと思います。一つは愛社精神が強いがゆえに警戒心が強くなるケース、もう一つは「会社は大丈夫なのか」という不安から反発が生まれるケースです。臼井社長が参画された当初、どちらに近かったのでしょうか?
どちらかと言えば、その中間だったと思います。「なぜ新たな社長が着任したのか」という点が、現場の隅々まで十分に共有されていなかったために、先行きへの漠然とした不安はあったと思います。
当時は、経営からの情報発信や社内の情報連携が仕組みとして十分に整っていなかった面もあり、会社の状況に関する理解が部門や階層によってばらつくことがありました。
その結果、根拠のない臆測が先行してしまう場面も見受けられました。就任直後にメッセージを発信しても、社内の多層的なコミュニケーション経路の途中で止まってしまい、現場まで届きづらいことがあったのも事実です。
また、管理職の一部には、「外部からの登用ということは、自身のキャリアの見通しはどうなるのか」と受け止めた方が一定数いたと思います。「今後も外部からの登用が続くのだろう」という不安を抱かせてしまった面もあったと感じています。
そのように感じる方がいたのは自然なことですが、外部登用を恒常的な方針としているわけではありません。
こうした誤解や不安に対して丁寧に向き合い、背景を説明し続けることが、重要な役割の一つだと思っています。
ここで働き続けようと考えてきた方にとっては、外から社長が来ることに不安を感じるのも自然だと思います。その中で、「一緒に頑張っていこう」という気持ちに変えていくために、どのようなことをされましたか?
そうですね。やはり相手も人ですし、会社は最終的には人の集合体です。不安の原因に寄り添って、それが解消できるように寄り添う姿勢は特に大切にしました。
当時皆さんが抱えていた不安の原因は経営状況が現場に十分に共有されていなかったことにありました。
私が就任した段階では、経営として必要なデータ基盤がまだ整備途上で、前日の来店者数や売上をリアルタイムで把握することが難しい状況でした。月に一度の経営会議で、ようやく数字がそろう、という運用では、現場が不安を抱くのも自然ですし、経営として迅速な判断を下すことも難しくなります。そのため、まずはデータをきちんと可視化するところから着手しました。
現在はどのような状況になっているのでしょうか?
着任当初は、店舗運営の責任範囲が不明確で、店舗ごとの収益性も見えにくい状態がありました。
新店舗の確認で、予約のない時間帯は担当者が不在になるケースが見つかり、これは個人の姿勢ではなく仕組みの問題だと捉えました。
そこで、複数店舗をまとめてマネジメントする「ユニット制」を導入し、地域により5〜10店舗を統括する形にしました。地方によっては1店舗の場合もありますが、店舗ごとに責任の所在を明確化しました。
さらに、出店判断や店舗デザインの基準を統一し、ブランドとしての一貫性とお客様目線の品質を整えました。
こうした取り組みの結果、全店舗の状況がきちんと把握できる状態になってきています。
出店に関しても、店舗ごとの採算が明確に見えるようになったことで、収益性が低い店舗は順次見直しを進め、スピード重視で出店を重ねるのではなく、市場ニーズを踏まえた出店に絞り込んでいます。その結果、店舗構成はかなり整理され、経営としても健全な状態になってきています。
あわせて、現場で見えてきた課題を戦略に落とし込み、株主とも議論を重ねて「どこを目指すのか」「そのために何をするのか」を明確にしてきました。その方針は、社内説明会などを通じて発信しています。
とはいえ、情報の行き届き方にはまだ改善の余地があります。そこで、社内外に向けて会社の考えや取り組みをきちんと発信できるよう、広報体制の強化にも取り組みました。
経営の見える化、店舗の健全化、そして発信体制の整備。この三つがそろい、ようやく次の成長に向けた土台が整ってきた段階だと感じています。
その他、会社の成長のためにどのような取り組みをされているのでしょうか?
データの整備やデジタル化に注力をしています。例えば、商談内容はAIで文字起こしを行い、ナレッジとして蓄積する取り組みも進めています。保険の商談はコンプライアンス面で慎重さが求められるため、実証実験の段階ではありますが、現場の負担を減らしつつ質を高める仕組みづくりを進めています。
また、課題だった縦割り構造も見直しを進めました。保険見直し本舗は新規のお客様獲得に非常に強みをもつ一方で、既存のお客様へのフォロー体制には手薄な部分がありました。一方、グループ会社であるニュートン・フィナンシャル・コンサルティングのコールセンターはCRMに非常に大きな強みを持っています。両社が連携することで、グループ全体の価値を引き上げることができると考え、人材の流動や仕組みづくりを実施しました。保険見直し本舗で加入してから数年経過したお客様に対して、コールセンターが「ライフステージが変わられたタイミングで、一度ご相談ください」という形でご連絡し、お客様接点の強化を進めています。
ありがたいことに、想像以上に前向きな反応をいただくことが多く、そこから再びご相談いただくケースも増えてきました。サービス面でも、ビジネス面でも、改善の余地が大きかった部分に手が届き始めている実感があります。
こうした取り組みを通じて、部門ごとに分かれていた流れが徐々に連携し、縦割りだった組織が少しずつ融合してきている。今は、まさにその手応えを感じている段階です。
冒頭で「コンビニのような存在として浸透していきたい」というお話がありましたが、あらためて今後の展望を教えてください
繰り返しになりますが、私自身は「保険代理店であること」そのものをゴールだとは考えていません。保険はあくまで軸の一つであって、本質的には「人生100年時代をどう支えていくか」というところに向き合う存在でありたいと思っています。
現在は、保険を中心に住宅ローンや一部介護領域での取り組みを進めていますが、今後は金融商品仲介にも本格的に取り組んでいく予定です。NISAなど、資産形成に関するニーズにもお応えできる体制を整えていきたいと考えています。
また、これまでの保険は「何かあったときの安心」を提供するものでしたが、そもそも何も起きないことが一番いいですよね。そう考えると、未病対策やヘルスケア、健康促進といった領域にも、将来的にはチャレンジしていきたいと思っています。現時点で具体的なサービスがあるわけではありませんが、検討すべきテーマだと感じています。
保険、住宅、資産形成、健康など、「お金」や「人生」にまつわることをまとめて気軽に相談できる場所になること。困ったときにふらっと立ち寄れる、いつでも頼れる存在になること。最終的には、そうした役割を果たせる会社、グループになっていきたいです。そのために、少しずつですが、領域を広げながら土台を整えています。
最後に、他の経営者の方におすすめする書籍があれば、タイトルとその理由を教えてください
おすすめしたい一冊は、稲盛和夫氏の『生き方』です。
この本は、経営論や事業戦略といったテクニックの話というよりも、もっと根源的な、「人としてどうあるべきか」という部分に真正面から向き合っている一冊だと思います。
書かれていること自体はとてもシンプルで、正直、子どもの頃に親から言われていたような内容も多いと感じています。しかし、大人になるにつれて、忙しさや立場の変化の中で、いつの間にか置き去りにしてしまうことが丁寧に言語化されています。
経営という仕事は、大小さまざまな決断の連続です。すぐに判断できることもあれば、迷うこともあります。
「どちらが利益になるのか」「社員にとってどうなのか」「社会的に正しいのか」「そもそも世の中の役に立つのか」といった問いに向き合わなければならない場面は経営者であれば誰しも経験すると思いますが、そういうときにこの本を読むと、「人として何が正しいのか」という原点に立ち返らせてくれます。すると、不思議と頭の中が整理されて、「じゃあ、こちらで進もう」と腹をくくれることがあるのです。
人それぞれ感じ方は違うと思いますが、私にとっては、経営判断に迷ったときの“軸”を取り戻させてくれる一冊です。そういう意味で、経営者の方にはぜひご一読いただければと思います。
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企業の「発信したい」と読者の「知りたい」を繋ぐ記事を、ビジネス書の編集者が作成しています。
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