今回は株式会社田子の月代表、牧田 桂輔氏にお話を伺ってきました。

「社長の履歴書」だけの特別なインタビューです。

ぜひご覧ください!

 

 

会社名称 株式会社田子の月
代表者 牧田 桂輔
設立 1952年(昭和27年)
主な事業 和洋菓子の製造・販売
社員数 234名(2023年3月末現在)(取材時)
会社所在地 静岡県富士市今泉380-1
会社HP https://tagonotsuki.co.jp/

 

 

事業内容を教えてください

株式会社田子の月は富士山のお膝元で創業して73年目(2025年1月現在)の、和菓子の製造販売を行っている会社です。直営店が静岡県内に22店舗 、テナント出店が県外に1店舗(取材時)あります。

お客様の8割が地元の方で、地域に密着しているのが特徴です。

 

様々なお菓子を製造・販売していますが、なかでも当社の主力商品は最中(もなか)です。

最中は年配の方が召し上がるイメージが強いかと思いますが、当社は若い方にも親しみを持っていただきたいと考え、定番商品の最中に加えて、ネオ和菓子としてこれまでにはない、新しい最中を作りました。

 

2024年11月より販売された、「富士山キャラメルもなか『きのみ』」はくるみやアーモンド、あられ、オレンジピールを自家製キャラメルに加えて開発したキャラメルフィリングを最中の皮に詰め込み、香ばしさと食感の変化を楽しんでいただけるお菓子です。富士山の恩恵を受けてきた感謝を込めて、富士山の形になっているところが特徴で、五感で楽しんでいただける一品に仕上げました。

ぜひご賞味ください。

URL:https://tagonotsuki.co.jp

 

そして、大切な会食のお手土産やお中元、お歳暮等のご注文も承っております。

季節ごとの商品もお買い求めいただけますので、お近くに店舗がない場合には、ぜひオンラインショップをご活用くださいませ。

https://tagonotsuki.jp/

 

牧田社長は学生時代にどのようなことに熱中していましたか?

小学生からずっとサッカーに打ち込み、大学で上京してからも続けていました。

静岡はサッカーが盛んな地域なので、周りの友達もみんなサッカーをやっていましたね。

人との関わり方や、礼儀、挨拶の大切さなど社会性を養うことができ、サッカーで身につけたスキルは大人になってからも役立っていると感じています。

 

いつから社長になりたいと考えていましたか?

昔からいつかは私が事業を継いで社長になるのだろうと思っていました。

親からは、会社を継いでほしいと言われたことは一切ありませんでしたが、長男なので、周りから将来は継ぐんだろうなという目で見られていました。

父親がよく「色んなお菓子を食べてきたけど、最終的にはうちのお菓子が1番おいしい」と言っていたのがとてもカッコいいなと思っていました。小さいころから実家のお菓子が大好きでしたし、お菓子はみんなを幸せにする商品なので、継ぐことに関してはポジティブに捉えていました。

 

大学卒業後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?

経営の修行をしようと考え、コンサルティング会社に5年間勤務しました。

最初は下っ端の業務から始め、先輩に付いていき市場・競合調査をしたり、経営者と対話を重ねました。特に経営者の皆さんがとてもポジティブで勉強家だったことをよく覚えています。積極的に動けば縁が結ばれ、人脈に繋がっていくことを実感しました。

他にもセミナーのお手伝いや活性化プロジェクトへの参加など、経営をするうえで必要な知見を得ることができました。

コンサルティング会社は恐ろしい量の仕事が降ってきます。若手なのでどうしても作業になりがちでしたが、目の前のことをやり終えるだけでなく、目標を持って何を伝えるかという、目的思考を軸に仕事をすることを先輩から学びました。そしてパフォーマンス高く仕事をする方法も身につけることができました。

 

いつから田子の月に入社されたのでしょうか?

28歳の時です。最初は現場の工場からスタートし、1年半かけて工場の全ての部署を経験しました。あんこを作る部門、最中を作るラインなどを経験したことによって、どれほどの手間をかけて1つのお菓子ができているかを知りました。そして店長と専務を経験し、入社してから10年後に社長に就任しました。

 

外の世界を見たあとに家業に入られましたが、どのようなことに気づきましたか?

コンサルティングは成功している会社やモデルとなる店舗を分析しながら、クライアント企業がどうすればもっと良くなるかを提案する仕事なので、多くの良い企業を見てきました。そのため、前職で養ったコンサルタントとしての視点で家業を見ると、どうしてもギャップを感じてしまい「なんでうちの会社はこうなっているんだ? もっと良くできるのに」と思う部分も多々ありました。

私は外から学んできたことを活かして会社を変えたかったし、父には父の考えがあったのでぶつかることもありました。ですが、お互い家業をより良くしたいと考え、創業時の精神や創業者の「意気消沈した暗い世の中を甘いお菓子で少しでも明るく元気にしたい!」という思いを尊重する方針は同じだったので、その都度議論を重ねて答えを出していきました。

全く同じ人間ではないので、経営スタイルが違うのは当然です。性格が違うからこそお互いを理解することが大切だと気づきました。

 

社長就任の経緯を教えてください

私は38歳のときに3代目の社長に就任しました。若いうちから社長をしたいと思っていましたが、父は私が専務になっても「あと5年は自分が社長を続ける」と言っていました。その時点で父はたしか72歳だったと思うのですが、いろいろな外的環境を考慮しても、タイミング的には良かったのかなと思います。

 

経営者になってから大変だったことを教えてください

自分で判断することが大変です。

専務やそれ以下の立場の時は、「こうすればいいのに」「なんでこうしないんだろう」と思うことがたくさんありましたが、いざ社長になると、責任の重さや慎重にならざるを得ない場面の多さを実感します。簡単にスムーズに進むことはほぼありませんでした。

商材はお菓子ですが、会社を動かしているのは「人」です。そのため、周りの人をどう巻き込むか、どう共感を得るかが重要になります。そして、何よりも自分達のやりたい方向に動いてもらうには、賛同が必要です。やはり人は気持ちで動くので、気持ちが向いていなければ行動につながりません。一緒に働いている人とどのように関係を築いていくかが社長としての大きなテーマですね。

また、新商品開発がうまくいかないことも多々ありました。

私は綿密に計画を立てるタイプではなく、思ったらやりたい性格です。当然ながら全てがうまくいくわけではなく、計画不足が原因で進まないこともあります。

そのため、従業員とはしっかり対話を重ねて意思疎通ができるよう関係性を構築してきました。

今では私の性格を理解してくれており、「また社長が面白いことを始めたな」と思いながらも、一緒に動いてくれるのでとても感謝しています。

普段から誤解されないようにしっかり伝えるようにしていますし、やりたいことをただ押し通すのではなく、ちゃんと説明し、共感してもらうことを大切にしています。

 

会社をまとめるために、どのようなことをされていますか?

当社は本社と工場が一体になっているので、毎日とまではいきませんが、積極的に顔を出してコミュニケーションをとるようにしています。また、各店舗にも定期的に足を運び現場の声を拾うようにしています。

加えて、週に1回「社長通信」を出しています。季節のイベントや、お客様の声をはじめ、会社の方向性や私の考えを知ってもらえるような内容を届けています。また現場のマネージャーやスタッフともLINEでつながることで、仕事だけでなく普段から気軽なコミュニケーションが取れるようにしています。

食事に行きたい人とは積極的に行くようにしていますね。

やはり、お菓子を生業にしているので、従業員とは家族的なつながりを大切にしたいです。

 

今後の展望を教えてください

「お菓子を通して地域を元気にする」ことです。

当社の経営理念は「品質主義を貫き、人に喜び、地域に灯(ひかり)を、私たちは幸せ文化を創造します。」ですが、これは3代目就任後にこれまでに創業者が大事にしてきた想いをこめて新しく作りました。お菓子を通して少しでも喜んでくれるお客様が増えて、富士市にも行ってみたいと思う方を増やしていきたいです。私たちはお菓子を通じて、たくさんのお客様の心に幸せの種を蒔いていける存在になりたいと思っています。

そして、3年から5年後を目標に地域を盛り上げる新しい拠点作りをして、私たちの大事にしている精神を感じてもらえるよう、積極的に動いていきます。

 

他の経営者におすすめの本を教えてください

すでにご存じの方も多いかもしれませんが、『致知』という、経営や人間学を知れる雑誌がおすすめです。

人間学の知識を得ることで、人生を通して学び続けることができますし、人との関わり方や価値観の形成にも役立ちます。

よろしければ、ぜひ一度ご覧になっていただけたらと思います。

【URL】

https://www.chichi.co.jp/

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『社長の履歴書』編集部
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